2月25日(現地時間)、フェンディ(Fendi)は、ミラノ ファッションウィークにて、2026年秋冬コレクションを発表した。
舞台となったのは、ミラノのフェンディ本社(Via A. Solari 35)。チーフ クリエイティブ オフィサーに就任したマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)にとって、メゾンでの最初の章となるシーズンである。
「Less I, more us」──個から集合体へ
「Less I, more us (“私”よりも“私たち”)」。
キウリが掲げたこのモットーは、単なるスローガンではない。彼女はフェンディ家の5人姉妹が築いた歴史に目を向け、「イタリア的かつ女性的な仕事の流儀」を再考する姿勢を明確にした。そこにあるのは、個の天才性ではなく、集団的な創造の力への信頼である。
「“私”よりも“私たち”」を重視すること。これは、ファッションシステムの複雑さを再認識するために、現代においてこれまで以上に求められる意思表明だ。共に働くことの価値、共有された目的、そして他者と世界を理解し受け入れることの重要性という姿勢こそが、今回のコレクションの根幹を成していた。
マリア・グラツィア・キウリ Courtesy of Fendi
ランウェイでは、ウィメンズとメンズが同じ軌道を描く。
コレクションの序盤には、構築的なテーラードジャケット、ダブルブレストのスーツ、端正なロングコートが並ぶ。これらは性別を越えて提示され、フェミニンとマスキュリンは対立ではなく、響き合う性質として再定義された。




欲望と身体への回帰
もう一つ、このコレクションの核となっていたのは「身体への回帰」である。
身体が本来持つ、根源的で現世的な衝動。その感覚を、衣服は制御するのではなく、受け止め、包み込み、触覚として立ち上がらせる。
ブラックレースのシアードレスは肌を覆うのではなく、空気をまとわせる。ランジェリーの記憶を宿すスリップドレス、深く開いたベルベットのネックライン。そこにあるのは、誇示ではなく、意識された感覚の提示であった。
同時に、ファーやシアリングといった豊かなテクスチャーが重厚さを加える。毛足の長いコート、柔らかなベスト、身体を包むボリューム。繊細さと重厚さ、透過と遮蔽。その緊張関係が、欲望と理性のあわいを描き出す。




ノマディズムという生のかたち
キウリはこのコレクションを「個人的な経験や思い出、感情が詰まった地図」と語る。衣服は記憶の器であり、人との出会いや移動の痕跡を宿す存在であるという。
カーキのパーカ、デニムのセットアップ、タイガーパターンのコートやバッグ。実用的なミリタリーのニュアンスは、都市を横断するノマディックな生を想起させる。一方で、煌めくイブニングドレスが同じランウェイに現れることで、日常と特別は分断されない。
また、ミレッラ・ベンティヴォーリオ(Mirella Bentivoglio)やサグ・ナポリ(SAGG Napoli)といった女性アーティストの作品を取り込むことで、世代と文化の対話が織り込まれた。ワードローブは単なる商品群ではなく、関係性と記憶が交差する場として再構築される。




黒を軸に、感情の赤
カラーパレットはブラックを主軸としながら、ベージュやカーキ、デニムブルーが広がる。そして、鮮烈なレッドがその均衡を破る。
深紅のドレスは、この物語の感情的頂点であった。削ぎ落とされたシルエットが、かえって身体の存在を際立たせる。欲望は叫ばず、静かに主張する。
ゴールドやクリスタルの輝き、フリンジの揺れ。そこにフェンディのラグジュアリーは確かに存在する。しかしそれは過去の再演ではなく、今という時代における再解釈である。







境界の解体、その先へ
今回のショーでは、男女が同じランウェイを歩くことで、男性用・女性用という枠組みは相対化された。スーツにレーススカートを合わせる、ベルベットジャケットを素肌に羽織る、シアードレスにブーツを合わせる。装いは固定的なコードではなく、人生に寄り添う選択肢として提示される。
それは衣服を、記号や役割から解放し、感情と欲望に近づける試みだ。キウリの初のフェンディは、ブランドの歴史を尊重しながらも、個の表現より集合的な創造、支配より受容へと軸足を移す宣言であった。
フェンディ 2026年秋冬コレクションの全てのルックは、以下のギャラリーから。
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