3月3日(現地時間)、サンローラン(Saint Laurent)は、パリ ファッションウィークにて、2026年秋冬コレクションを発表した。
アンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)がその舞台に選んだのは、エッフェル塔を見渡すモダニスト建築の邸宅。床から天井まで続くガラス窓が夜のパリを切り取り、そのただ中に、かつてイヴ・サン・ローラン(Yves Saint Laurent)の私邸に置かれていたバストの大型レプリカが鎮座する。セットそのものがすでに、メゾンの記憶と現在を重ね合わせた宣言だ。
フロントロウにはケイト・モス(Kate Moss)をはじめとするA-リスターたちが集い、ランウェイにはベラ・ハディッド(Bella Hadid)を含むトップモデルたちが登場した。
第一章:権力のシルエット
ヴァカレロのコレクションは、今季も明確なリズムを持って進行した。ブラックのテーラリングで静かに幕を開け、中盤でブラウンとアースカラーの饗宴へと移行し、終盤で再びブラックの夜へと収束する。その流れは、起承転結というより、映画における照明設計に近い。明から暗へ、暗から深へ——観る者の感情を段階的に引き込む、意図的な温度変化だ。
コレクションの幕開けを飾ったのは、ブラックとチョコレートブラウンのスーツ群。シングルとダブルブレストが混在するテーラリングは、いずれも肩のラインが力強く、縦長のプロポーションでボディを際立たせる。しかしその硬質さは、深いVネックや大きく開いたラペルによって戦略的に緩められる。素肌がのぞく瞬間こそ、ヴァカレロ的官能の核心である。
サン・ローランにとってタキシードとは、単なるアイテムではなく、メゾンが60年代から問い続けてきた「誰が権力のシルエットをまとう権利を持つか」という命題そのもの。ヴァカレロはその問いを継承しながら、今季はジャケットの重力を意図的に緩める。構造は保ちつつ、身体との間にわずかな遊びを生む。それは支配ではなく、余裕としての強さだ。



第二章:ロミー・シュナイダー(Romy Schneider)の影
ショーの中盤になると、コレクションはその表情を変える。チョコレート、マホガニー、バーントオレンジ、キャラメル、ブラウンのグラデーションが、ファーとレースとシリコンという三つの素材を横断しながら展開される。
今季のミューズはロミー・シュナイダー、とりわけ1971年の映画「マックスと廃品回収業者たち(Max et les Ferrailleurs)」だ。同作の衣装をイヴ・サン・ローラン本人がデザインしていたという事実は、この参照に固有の深みを与える。シュナイダーがスクリーンに宿していたのは、揺るぎない芯と、それを包む柔らかな表皮の共存だった。
ヴァカレロはその質感を、シアーなレースと露出の配置によって衣服に翻訳する。見えることと隠すことの間に生まれる緊張。それこそが、このコレクションを単なる「セクシー」の文脈から切り離す要素なのだ。


オーバーサイズのファーコートは腰でサテンリボンに絞られ、フォルムに彫刻的な意志を宿す。光沢のある素材によるトレンチコートは、シリコンやビニールといった異素材を纏いながら、光を帯びたグラマラスな輝きを放つ。
シアーレースのミディスカートと小さなキャミソールの組み合わせは、ランジェリーとデイウェアの境界を問い続けるヴァカレロの一貫したテーゼだ。


ベラ・ハディッドが着用したのも、まさにこの章に属する一着。くすんだブラッドオレンジのシアーレース・ボディスーツに、フローラルレースのブラックのミディスカートを合わせたルックは、コレクションの官能的な核心を体現していた。
スネークスキンのラップを巻いたポインテッド・スティレット、フラワー型のオーバーサイズ・スタッドイヤリング、そして右手のカクテルリングまで、ヴァカレロのスタイリングの精度はアクセサリーの末端にまで及ぶ。

第三章:夜へ
その後、コレクションはふたたびブラックに沈む。しかしそれは冒頭の黒ではない。テーラリングの建築性は保ちながら、レースが肌を透かし、ドレスが床まで届く。長袖の総レースガウンはボリュームのあるスカートをまとい、構築と柔らかさが最も鮮明に拮抗する瞬間をつくり出す。また、ブラックのスモーキング・ジャケットはプランジングネックラインで着用され、第一章の提案が夜の文脈で再解釈される。



コレクションの終盤に向かうにつれ、パレットにかすかな動きが生まれる。マスタードイエローやオリーブ、深みのあるダークトーンのレースドレスが、ブラウンとブラックの世界に揺らぎをもたらす。
そしてラストルックには、深いVネックの黒いブレザーとテーパードパンツ。過剰なものを一切そぎ落とした、究極のエピローグだ。



ヴァカレロがサン ローランに持ち込んだのは、革命ではなく精度であった。メゾンの語彙であるテーラリング、レース、シルエット、官能を磨き続け、その純度を高めること。2026年秋冬コレクションはその集大成のひとつであり、同時に、問いの更新でもある。エレガンスとは何か。強さとは何か。サン ローランの女性とは、今この時代において、どのような存在でありうるか。
その答えをヴァカレロは断言しない。ただランウェイに、49のルックとして、静かに提示したのだった。
サンローラン 2026年秋冬コレクションの全てのルックは、以下のギャラリーから。
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