1月28日(現地時間)、パリのテニス クラブ ド パリで発表されたメゾン ヴァレンティノ(Maison Valentino)は、の2026年春夏オートクチュールコレクション「スペキュラ ムンディ(Specula Mundi)」。アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)がクリエイティブ・ディレクターに就任して2度目となるこのクチュールコレクションは、単なるファッションショーの枠を超え、見ることの本質、そしてオートクチュールの意味そのものを問い直すものであった。
創業者の声が紡ぐ、過去と現在
ショーは、創業者ヴァレンティノ・ガラヴァーニ(Valentino Garavani)の声から始まった。
「You always dream, dream, dream(夢を見続けなさい)」。
逝去から間もないこの言葉は、追悼の意味を超え、メゾンの時間軸そのものを現在へと引き寄せる。
このコレクションは回顧ではない。ミケーレは、継承を現在進行形として捉え直す姿勢を示しているのだ。過去の栄光を保存するのではなく、その神話を今この瞬間に蘇らせること。それこそが、レガシーを「守る」という行為の本質なのである。
視線を制限する、という革新
会場に設置されたのは、19世紀末にヨーロッパで流行した視覚装置「カイザーパノラマ」を再解釈した円形構造体だった。観客は木製の壁に開けられた小さな覗き穴から、中央で回転するモデルを覗き込む。ルックは断片として、時間差で視界に入る。

カイザーパノラマは「可視性を増幅するのではなく制限する」ので、視線を固定し、集中を強いる。その体験は、スマートフォン越しに全体像を一瞬で把握する現代的な鑑賞行為とは真逆のものだ。
ミケーレが仕掛けたのは、見ることが能動的であり、同時に孤独な行為であることの再認識だった。観客は「一緒に見る」のではなく、それぞれが自分の死角から、ひとつの像と向き合う。その緊張感こそが、「スペキュラ ムンディ」の空間を支配していた。

神話として立ち現れる衣服
回転する構造体の内側から現れた衣服は、いずれも日常性から切り離された存在だった。広く構築されたショルダーライン、彫刻的なボディ、光を吸収し反射するベルベットやラッカー調の素材。刺繍は繊細さを超え、攻撃的なまでに光を散らす。
ルックには、ハリウッド的な記憶が色濃く刻まれている。深く開いた赤いガウン、宗教画を思わせるクラウン、エリザベス朝を想起させる誇張された襟、80年代のパワーショルダーと中世的装飾性が交差するドレス。淡いメタリック、フェアリーピンク、深紅、漆黒といった色彩は、スター、聖性、幻影といった異なる神話的イメージを横断していた。





儀式としての時間と音楽
カイザーパノラマで次のイメージの切り替えを告げていたベルの音は、ショーではテクノミュージックへと置き換えられた。電子音は出現のテンポを刻む典礼的なビートとなり、衣服の登場を「出来事」として強調する。
そこに重ねられたクラシック音楽や歴史的な声は、時間を直線的に進めるのではなく、過去と現在を折り重ねる役割を果たしていた。ショー全体は、消費のスピードから切り離された、儀式的な時間の中に配置されていたのである。

神話を守る一時的な守護者として
「For me, Mr. Valentino has been a mythological figure(私にとって、ヴァレンティノ氏は神話的存在です)」とミケーレは記している。
ガラヴァーニが創り上げたレガシーを守ることは、過去を保存することではない。一時的な守護者として、その神話を現在に再び呼び戻すことなのだ。
「スペキュラ ムンディ」は、視線、欲望、距離、そしてファッションが持つ儀式性を再定義することで、メゾンの未来へと問いを投げかける。それは、消費されることを拒み、崇められることを求める。ファッションが再び神話となる瞬間を、私たちは目撃したのだ。
ヴァレンティノ 2026年春夏オートクチュールの全てのルックは、以下のギャラリーから。
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