10月3日(現地時間)、ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)は、パリ市庁舎(オテル・ド・ヴィル)の壮麗なホールを舞台に、47ルックからなる2026年春夏コレクションを発表した。
金色に輝く天井、静寂に包まれた空間に響くのは、衣服が放つ呼吸の音。ショーノートには、「今この瞬間にいなさい。スクリーン越しではなく、自分の目で見よ。(Be present and experience the presentation with your eyes rather than your screen.)」というメッセージが記され、この言葉通り、ヤマモトは観客に“体験するための時間”を与えた。
モノクロームから始まる物語
ショーは、黒を基調としたドレスに白いグラフィティプリントを施したルックから始まった。まるで動く墨絵のように、布は流れ、体は物語のキャンバスと化す。続くフリンジやダメージ加工のルックは、端正な静けさにわずかな揺らぎを与えた。



その後、タータンチェックが現れ、単調な黒のリズムを一瞬で切り裂いた。三色のチェックが引き裂かれ、再構築され、体に巻きつく姿は、テキスタイルによる反逆のようであった。
また、中盤に登場した白のドレス群は、布が溶けるように軽やかで、まるで「時間そのものが消えていく瞬間」を描き出していた。




さらにコレクションには、ヤマモトの娘であり、自身もデザイナーとして活動する山本里美が手がけるブランド「リミ フゥ(LIMI feu)」から4ルックも登場した。
ショルダーに繊細なフリンジをあしらったノースリーブドレスや、白いインクが飛び散ったような抽象的ペイント柄のドレスなどが披露され、父であるヨウジヤマモトの世界観と自然に響き合うような存在感を放った。それは、世代を超えて紡がれる“布による対話”のようであり、親子二人の美学が共鳴し合う瞬間でもあった。



故ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)捧げたオマージュ
今季コレクションで最も胸に残ったのは、故ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)への敬意の表明だった。オーバーサイズのブラックチュニックには、アルマーニの広告写真や、彼自身の直筆サインが添えられた50周年記念ショーの招待状がプリントされていた。
自身の50周年という節目のランウェイを見届けることなくこの世を去ったアルマーニ。その不在を悼むように捧げられたこのオマージュは、精密さと構築美によってエレガンスを築いたアルマーニと、不完全さの中に真実を見出したヤマモトという、異なる美学を持つ二人の間に流れる静かな対話を象徴していた。
両者に共通しているのは、流行に左右されない普遍の信念――クラフトマンシップと静謐への信仰である。それは、言葉を超えて響き合う“職人の魂”による、時を超えたリスペクトの表現だった。


静けさの中の赤い情熱
ショーのクライマックスには、深紅の世界がランウェイを支配した。マントやチュールが舞い、ヤマモトが1980年代に築き上げたアーカイブ的構造が新たな形で再生された。黒の伝統を受け継ぎながらも、赤という色が新しい命を吹き込む。それは彼自身が語らずとも雄弁に伝わる、静寂の中の情熱である。



ファッションを超えた「祈り」のステージ
モデルたちが暗闇の中をゆっくりと進み、光の断片の中で衣服が呼吸する。その佇まいは、もはやショーではなく儀式のようだった。
観客の誰もが息をひそめ、ラストの赤い光に包まれた瞬間、静寂が永遠のように伸びていった。ヤマモトは深く頭を下げ、両手を軽く振って舞台を去った。その一礼は、観客に、クラフトに、そして友への敬意に捧げられたものだ。
多くのブランドが“刷新”を競う今シーズンにおいて、ヤマモトは「変わらないこと」こそが最もラディカルな表現であることを示した。黒・白・赤のわずか三色で語られる世界に、彼が追求し続けてきた“生きる服”の哲学が凝縮されている。
この日のショーは、流行の最前線ではなく、時の流れそのものを縫い留めた芸術の瞬間であった。ヨウジヤマモトは今もなお、“静けさの中で語る者”である。
ヨウジヤマモト 2026年春夏コレクションの全てのルックは、以下のギャラリーから。
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