米国版ヴォーグ(Vogue)の編集長アンナ・ウィンター(Anna Wintour)が、デザイナーのマーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)を12月号の特別号のゲスト編集長として起用したことが業界で話題を呼んでいる。ファッション業界のアイコンであるウィンターが、自身の象徴ともいえる雑誌を他者に託すのは前例のない出来事だ。なぜこの決断に至ったのだろうか?
ニューヨークタイムズ(The New York Times)の取材によると、ウィンターがジェイコブスに編集長のオファーをしたのは、ニューヨークの人気レストラン、バルタザール(Balthazar )でのランチ中だったという。彼女は、「大統領選挙を前にした12月号は非常にセンシティブな時期で、少し一歩引いた視点が必要だと感じた」と語り、過去のフランス版Vogueでデイヴィッド・ホックニー(David Hockney)がゲスト編集した号に影響を受けたことも明かした。
一方、ジェイコブスはこのオファーに大きなプレッシャーを感じたという。ファッション業界で長年活躍してきた彼だが、雑誌編集の経験はなく、初めは不安を抱えていた。しかし、最終的には「後悔することが一番の恐怖だ」と思い、挑戦を受け入れたのだいう。
新しい視点と摩擦が生む独自のアプローチ
ニューヨークタイムズの取材で、ジェイコブスは、12月号の制作はスムーズには進まなかったことを打ち上けた。「全ての撮影をスタジオで行いたい」と提案したが、ウィンターは「より多様で広がりのある視点が必要」とし、対立する場面もあったようだ。
表紙についても、ジェイコブスは当初、ウィンター自身を提案したが、彼女から却下された。その結果、カイア・ガーバー(Kaia Gerber)を起用した2つの表紙が制作され、アーティストのアンナ・ウェイアント(Anna Weyant)とフォトグラファーのスティーブン・マイゼル(Steven Meisel)が異なるスタイルでガーバーを撮影している。
さらに、ジェイコブスの「創造性と個性」を全面的に打ち出すため、ウィンターの提案で彼の自宅やお気に入りのデザイナー、さらには愛犬「カール(C)」も誌面に登場。ウィンターは、「マークの世界はファッションを超えた広がりがある」と、その決断に満足していると述べた。
ファッションと表現の限界を越える特別号
今回の特別号は、舞台裏での摩擦すらもファッション誌の可能性を押し広げる刺激となったようだ。ジェイコブスは、舞台のような演出感を持つ前衛的な写真を構想していたが、それはウィンターにとって新しい挑戦であり、理解しがたい部分もあったという。
しかし、このような異なる視点のぶつかり合いこそが、結果的に誌面に深みを与え、大胆でエッジの効いた編集を可能にしたのだ。
こうして完成したヴォーグ12月号は、ファッション業界に新たな風を吹き込み、既存の枠組みを超えた表現とアイデアが交差する一冊となった。
ジェイコブスは自身のインスタグラムで、映画「プラダを着た悪魔」のパロディ動画を作り、遊び心万歳にヴォーグ12月号のゲストエディターを務めたことを伝えた。
なお、ジェイコブスは今回の体験を「一度きりの特別な出演」と評し、自ら雑誌の制作に再挑戦するつもりはないと語る。一方で、ウィンターは「この仕事に情熱を持ち続けている。まだまだ現役で走り続けるつもり」と強い意志を示している。
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