ラグジュアリーファッションの世界では、「メイド・イン・イタリー」という言葉が、職人技と品質、そして何より“信頼”の象徴として語られてきた。しかし、その輝かしいラベルの裏側で、いま静かに揺らぎが生じている。
今回、ヴァレンティノ(Valentino SpA)向けにバッグやアクセサリーを製造する「ヴァレンティノ バッグス ラボ(Valentino Bags Lab Srl)」は、労働法違反の疑いにより、イタリア・ミラノの裁判所から司法管理下に置かれる決定を受けたことが明らかになった。表向きにはラグジュアリーブランドのバッグを手がける正規の工場。しかしその実態は、劣悪な労働環境での生産を中国系工房に再委託し、非人道的な労働慣行に加担していた可能性が指摘されている。
監督の甘さが招いた制度的なゆがみ
裁判所は、「利益率の追求のために、同社は下請け先の監督を怠った」と断じた。実際の生産能力や労働環境の実地確認も行われておらず、その放置体制が問題を深刻化させた。これらの事実は、パオロ・ストラーリ(Paolo Storari)検察官の指揮のもと、イタリア国家憲兵(カラビニエリ)の労働保護部門が実施した調査によって明らかになったものである。
調査は2024年3月から12月にかけて行われ、ミラノ近郊にある中国人経営の工房7カ所が対象となった。現場では67人の労働者が確認され、そのうち9人は未登録、3人は不法滞在者だった。彼らは工房内での寝泊まりを強いられ、祝日を含めた24時間体制で働かされていたという。
さらに、生産性を優先するために機械の安全装置が取り外されていたとの指摘もあり、電力使用データからは昼夜を問わない連続稼働の実態が裏付けられた。
製造コスト75ユーロ、店頭価格は2,200ユーロ
なお、この問題の中心となったのは、下請け業者である「バッグス ミラノ(Bags Milano Srl)」だ。同社は2018年以降、ヴァレンティノ バッグス ラボを唯一の取引先とし、月におよそ4,000個のバッグを生産してきた。また、製品の製造コストは1個あたり35〜75ユーロであるのに対し、これらは小売価格1,900〜2,200ユーロで販売されていた。
さらにバッグス ミラノは、自社で受注した業務を別の中国系工房に再委託していたとみられており、当局は関係する業者の経営者に対して、労働搾取および不法雇用の疑いで捜査を進めている。
浮かび上がる業界全体の構造問題
ミラノの司法当局は、2023年12月以降、ファッション業界への介入を強化しており、今回のケースは4件目にあたる。これまでにも、ディオール(Dior)、アルマーニ(Armani)、アルヴィエロ マルティーニ(Alviero Martini SpA)などが同様の問題を指摘され、是正措置によって早期に司法管理が解除されている。
こうした前例があったにもかかわらず、ヴァレンティノ バッグス ラボは「労働者を搾取し、安全基準に違反する労働を行うサプライヤーとの取引を継続していた」と、裁判所は強く非難した。
ベイン・アンド・カンパニー(Bain & Company)の調査によれば、現在イタリアは世界のラグジュアリー製品の50〜55%を製造しており、その多くは小規模な下請け工場によって支えられている。こうしたサプライチェーン構造のなかで、一部業者が規制の網をかいくぐり、劣悪な労働環境を温存する実態が、今回の件で再び浮き彫りとなったのだ。
なお、現時点では、ヴァレンティノ本体およびヴァレンティノ バッグス ラボに対する刑事告発は行われていない。ただし、裁判所は同社に対し、今後1年以内に労働法を順守する体制を整えるよう命じており、改善が確認されれば司法管理は早期に解除される見通しである。
倫理なき“ブランド価値”に未来はあるのか
「メイド・イン・イタリー」という表記は、ラグジュアリーブランドにとって単なる製造国の証ではなく、品質と信頼の象徴である。だからこそ、こうした理念を掲げる企業こそが、その背後にあるサプライチェーンの透明性を確保し、倫理的な責任を果たす必要がある。
価格、評判、ストーリーテリング。そのすべてが「信頼」という土台の上に築かれている今、ラグジュアリー業界は改めて自らの価値観を問い直す時を迎えているのではないだろうか。
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