ラグジュアリーブランドの「値上げ」に限界?─ シャネル(Chanel)2024年決算に見る成長戦略の陰り

Chanel

世界的なインフレと金利上昇が続くなか、多くのラグジュアリーブランドは、価格引き上げを通じて利益率の維持・向上を図る戦略を推し進めてきた。しかし、旺盛だった需要の落ち着きと消費者行動の変化が、こうした「値上げモデル」に見直しを迫りつつある。その現実を浮き彫りにしたのが、フランスの老舗メゾン、シャネル(Chanel)が発表した2024年通期決算だ。

同社の2024年度売上高は、前年の197億ドルから187億ドルへと4.3%減少。2020年以来となるマイナス成長に転じた。営業利益は30%減の45億ドル、純利益も28.2%減の34億ドルと、収益面で大きく後退したことが明らかとなった。

中国・米国市場の失速とリセール市場の台頭

この業績悪化の背景には、中国および米国という主要市場における高級消費の鈍化がある。アジア太平洋地域では、特に中国本土の売上が大きく落ち込み、同地域全体で9.3%の減少を記録。一方、ヨーロッパは1.2%の微増、アメリカ大陸は4.3%の減少と、比較的緩やかな変化にとどまっている。

これについて、グローバルCEOのリーナ・ナイール(Leena Nair)は、「いくつかの市場では、マクロ経済の不安定さが売上に影響を与えました」とコメント。世界経済の変動が、シャネルのグローバル戦略に直結している現実を浮き彫りにした。

さらに中国市場では、これまでブランドの成長を支えてきた価格戦略に変化が求められている。これまでは価格を引き上げることで「希少性」や「格」の高さを演出してきたが、近年は価格に敏感な若年層を中心に、購買行動に変化が生まれているようだ。例えば、ECプラットフォーム「得物(Dewu)」では、正規品認証済みのラグジュアリー製品が正規価格よりも最大33%安く販売されており、リセール市場が新たな購買チャネルとして台頭している。

得物
ECプラットフォーム「得物(Dewu)」

こうしたリセール志向の高まりは、中国だけでなくアメリカ市場でも同様の傾向だ。米国シカゴに本拠を置く市場調査会社、アリズトン・アドバイザリー・アンド・インテリジェンス(Arizton Advisory & Intelligence)によると、アメリカのラグジュアリーリセール市場は2024年に86.5億ドル規模と評価されており、2030年には130億ドルを超える見通しである。年平均成長率(CAGR)は7%超と予測され、特にZ世代やミレニアル世代を中心に、高級品をより手頃な価格で手に入れたいという意識が拡大している。

さらに近年、ザ リール リール(The RealReal)などのリセールプラットフォームは、AIによる認証と価格最適化を武器に、消費者の信頼を獲得。新品のラグジュアリー品の価格がインフレや関税の影響で上昇を続ける中で、リセール市場は確実にその地位を高めている。

また、米国における関税政策の不透明さも、同社の価格設定に影を落とした要因の一つだろう。CFOのフィリップ・ブロンディオ(Philippe Blondiaux)は、ヴォーグ ビジネス(Vogue Business)の取材に対し、「米国の関税問題は非常に不安定で、現在進行中の議論の結果を見極めた上で判断したい」と述べ、慎重な姿勢を示している。

他ブランドに見る「値上げ戦略」の明暗

こうした業績の低迷要因が挙げられる中、シャネルだけでなく他のラグジュアリーブランドでも、「値上げ戦略」の成果に明暗が分かれている。成功例として挙げられるエルメス(Hermès)は、2024年に平均6〜7%の価格改定を実施しつつも、通期売上が13%増加。特にレザーグッズ部門では16.4%の成長を記録し、価格上昇がブランド価値の向上と結びついている。

その反面、ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)は同年7月に米国で1.3〜4%の価格引き上げを行ったものの、全体の売上は前年同期比で2%減少。グッチ(Gucci)に至っては価格引き上げの中で23%もの売上減に直面し、価格戦略だけでは需要を維持できない実情が浮き彫りとなった。

このような背景から、ラグジュアリーブランドにとって「値上げ」が必ずしも売上や利益につながるとは限らないことが明らかになってくる。特に景気が不安定な地域や、価格に敏感な消費者層が拡大している国々においては、その傾向が顕著だ。

シャネルの投資拡大と成長戦略の見直し

一方で、シャネルは2024年、過去最高水準となる18億ドル規模の投資を実施することを発表した。今後、パリやニューヨークでの高級不動産取得に加え、世界で48店舗の新規オープンを計画しており、中国ではすでに15店舗の出店を完了させている。さらに、2025年には、15店舗の開設を予定している。

ナイールは、「中国はラグジュアリー市場全体にとって最もダイナミックで重要な市場のひとつ」と述べており、引き続き同国を成長戦略の中核に据える意向だ。

しかし、近年の中国人観光客による海外での高級消費の回復は、日本や韓国での需要を押し上げる一方で、中国本土での購買を抑制する要因にもなっている。とりわけ円安やウォン安など為替差による逆輸入現象が起きており、ブランドの利益率にとっては痛手となりかねない。

また、Z世代やα世代といった若い消費者層は、かつての「ラグジュアリー=高価格」という構図よりも、価格に見合った価値や体験を重視する傾向を強めている。

こうした変化に対応するには、これまでのような強気なブランド戦略だけでは不十分だ。価格設定の見直し、地域ごとの文化的背景をふまえたマーケティング、そしてローカル市場とのより深い対話が、今後の各ラグジュアリーブランドに求められることだろう。

プレミアム戦略を武器に成長を遂げてきたシャネルは今、その方向性を再構築する局面に差しかかっている。

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