ラグジュアリー業界は水問題にどう向き合うべきか?─ ケリング(Kering)が掲げた『ネット・ウォーターポジティブ』という新基準

Kering

仏ラグジュアリーグループのケリング(Kering)は、今年4月に、水資源保全の新たな指針として「ウォーター・ポジティブ戦略(Water-Positive Strategy)」を発表した。2050年までに同社の全バリューチェーンにおいてネット・ウォーターポジティブ(Net Water-Positive)を実現するという野心的な目標を掲げ、2035年までには主要拠点において具体的で測定可能な成果を生み出す方針である。

この発表は、同社が長年取り組んできた気候変動や生物多様性保全といったテーマと並び、水資源を重要な柱として位置づけるものだ。注目すべきは、単なる水使用量の削減ではなく、水とその生態系の再生(Regeneration)という方向に舵を切った点にある。

ケリングのチーフ・サステナビリティ&対外関係責任者であるマリー=クレール・ダヴュー(Marie-Claire Daveu)は次のように述べている。

「地球環境の限界を超えないためにも、企業が責任ある水資源管理を行う必要性はかつてないほど高まっております。水に関する取り組みは、単なる削減から水ポジティブへと進化すべきであり、ビジネス活動に伴う水と生態系の再生と補水が求められております。」

「ケリングのウォーター・ポジティブ戦略は、変革を目的として設計されたものであり、私たちは地域のステークホルダーの皆様と協働しながら、水資源における社会的・環境的・経済的なレジリエンスを高めるための、測定可能な水ポジティブな成果を達成してまいります。そして最終的には、すべての人々に清潔な水へのアクセスを広げる未来の実現に貢献してまいりたいと考えております。」

また、この戦略の背景には、「Climate-Nature-Water Nexus(気候・自然・水のネクサス)」という考え方がある。それは、気候変動、生物多様性の喪失、水不足という密接に絡み合う三つの課題それぞれに個別対応するのではなく、包括的に解決していくというアプローチだ。

ケリングはこの戦略のもと、10の優先水流域を選定。いずれもサプライチェーンと深く関わる重要地域であり、そこにおける水質・水量・アクセス性の改善に注力するという。また、2035年までにこれらの地域に「ウォーター・レジリエンス・ラボ(Water Resilience Labs)」を設立し、地域住民や行政、産業界など多様な関係者と連携しながら、淡水生態系の回復と健全な水循環の構築を目指す。

初のラボは2025年秋、イタリア・トスカーナのアルノ川流域に開設予定だ。この地域は皮革産業の集積地であり、ケリンググループのタンナーをはじめ、他のラグジュアリーブランドのサプライヤーも多数拠点を構えている。

なお、戦略の実行にあたっては、以下の三つの柱が設けられている。

ウォーター・ポジティブ原材料

自然環境や水資源への負荷を軽減するため、リサイクル素材や革新的な代替素材の活用を進めるとともに、再生型農業(regenerative agriculture)によって生産された原材料の比率を高めていく。これにより、原材料の調達段階で発生する水汚染を抑制し、流域全体の健全な水循環の再構築を図る。さらに、この取り組みは農業地域における土壌や生態系の回復にも貢献することが期待されている。

ウォーター・ポジティブ・スチュワードシップ・プログラム

ケリングの自社事業およびサプライチェーン全体を対象に、水資源管理のベストプラクティスと革新的な技術を導入することで、水質の改善と水使用量の最適化を目指す。具体的には、クロムフリーや低環境負荷のなめし技術、節水型の加工設備などを導入し、サプライヤーと連携しながら水資源に関する共通課題に取り組む。このプログラムは、同社の製品が生産される地域における水環境の保全と、長期的な事業の持続可能性を両立させるものである。

ウォーター・レジリエンス・ラボ

2035年までに、ケリングが重点的に取り組む10の水流域それぞれに設立される予定の専用ラボ。各地域に根ざした形で、企業、地域住民、行政、先住民族、他業種など幅広いステークホルダーとの連携を通じて、淡水生態系の再生と補水を実現することを目的とする。こうした共同の実験・実践の場は、ケリングの「気候・自然・水のネクサス(Climate-Nature-Water Nexus)」という包括的視点に基づき、地域社会と自然環境双方のレジリエンス向上に寄与することが期待されている。

こうした一連の取り組みは、ラグジュアリー業界全体においても極めて示唆に富むものだろう。水資源の持続可能性を確保することは、ものづくりの根幹を成す基盤であると同時に、企業としての社会的責任や倫理観が問われる領域でもあるからだ。

このケリングの包括的な戦略は、「水」を起点とする企業変革の先駆的なモデルとして、他のラグジュアリーブランドにも確実に波紋を広げていくことが予想される。

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