ニセコ宿「SHIGUCHI」で出会う、静謐なクワイエット・ラグジュアリー体験

SHIGUCHI

Interview & Report by Kaede. T / Article by Miki Herme Morita

お盆を過ぎても夏の余韻が色濃く残り、湿った風と森の匂いが胸に沁み入る頃——OSF特派員は、北海道・ニセコの森に佇むラグジュアリー・ヴィラ「SHIGUCHI(シグチ)」を訪れた。

近年のニセコは“日本のアスペン”と称され、世界的ラグジュアリーリゾートへと進化を遂げている。冬は極上のパウダースノーを求めるスキーヤーやスノーボーダーが集い、夏は避暑地として多くの富裕層を惹きつける。2023年には、国内のリゾート地として初めてルイ ヴィトン(Louis Vuitton)のポップアップが開催されるなど、今や国際的な注目は高まる一方だ。

そんな華やかなニセコの姿とは対照的に、今回訪れた「SHIGUCHI」は、まさに静寂と深い余韻を大切にする場所だった。森に抱かれたこの宿は、人と自然、伝統と現代を静かに結び直すために生まれた空間である。本記事では、その唯一無二の魅力を紹介していきたい。

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「SHIGUCHI」が象徴するつながりの哲学

ニセコの喧騒を背に山道を進むと、森の奥に静かに佇む古民家が姿を現す。電線に遮られることのない視界、耳に届くのは風が木々を揺らす音と川のせせらぎだけ。観光地化の進むニセコにあって、ここはまるで別世界だ。

宿の名「SHIGUCHI」は、釘を使わず木と木を組み合わせる日本の伝統建築技法「仕口」に由来する。単純に見えて高度な熟練を要するこの手法は、日本のものづくり精神を体現する象徴的な存在である。

「私たちは互いにつながるだけでなく、自然や文化とも意味のある形で再びつながる必要があるのです」と語るのは、この宿の創業者であり写真家・アーティストのショウヤ・グリッグ(Shouya Grigg)。彼は「SHIGUCHI」を「人・自然・文化を結ぶ象徴」と位置づけており、建築からインテリアに至るまで、宿全体にグリッグの思想が反映されている。

実際、「SHIGUCHI」は160年以上前に建てられた古民家を、栃木や会津から梁一本に至るまで分解し、丁寧に再構築したものだ。さらに4棟を加え、全5棟のヴィラとして二年以上の改修を経て2022年に完成した。伝統建築を現代に甦らせたこのプロジェクトは、日本独自の時間感覚とクラフトマンシップを雄弁に物語っている。

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非日常へ誘う客室体験

宿内に入ると、そこにはまず伝統的な木組みの力強さと現代的な空間デザインが広がっていた。床から天井まで切り取られた窓は森の景色を額縁のように映し出し、オープンプランのレイアウトは閉塞感を排した開放性をもたらす。また、障子には和紙に刷られたモノクロ写真が組み込まれ、壁や仕切りには廃材が再利用されていた。

今回宿泊する部屋として案内されたのは、5つある客室のうち、中央に位置する「火」。玄関の引き戸を開け、すぐに目に飛び込んできたのは、移築された古民家ならではの存在感であった。北海道の地で関東の伝統家屋の趣に触れること自体が、すでに非日常の始まり——とでも言うべきだろうか。

リビングスペースには大きな窓があり、「自然が一番のアート」というグリッグの言葉をそのまま体現するかのように、花園エリアの牧草地とニセコ連峰の雄大な景色が楽しめる。窓から見える大自然と一体化した空間は、心に溜まった雑念を静かに洗い流し、深いリラクゼーションへと誘ってくれた。

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さらに室内には、グリッグが日本国内外から収集した様々なアート、家具、書籍などが美しく散りばめられていた。最新型の高性能トイレの近くには、昭和初期の記事が張り付いた木製の小物入れ、心地よいベッドのそばにビンテージ家具や鹿のツノなど。一泊2日のステイでは味わい尽くせないほどに細部までこだわりが伺える。

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中でも極上の体験だったのが、客室にある源泉掛け流しの温泉だ。心地よい音が響き、温度調整のための加水などの手を加えられていない純な温泉は、しっとり肌通りが良い。身体がほぐれると同時に、頭の中まで澄んでいく感覚を体験した。

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また館内には、スパも併設されている。ここでは、地・火・水・風・空という五元素の哲学を基盤に、身体と心のバランスを整える施術を提供。北海道産の素材を極力活かし、オーガニックオイルやオリジナルブレンドのハーブティーを用いるほか、アイヌの人々が守り石としてきたブラックシリカによるホットストーンセラピーも特徴だ。営業時間は基本的に10時から18時までだが、朝食前や夕食前などゲストの要望に合わせた柔軟な対応も可能だという。

「そもざ」での“文化を味わう食”

ディナーの時間が近づくと、レストラン「そもざ」へ向かうにため、客室棟から一度屋外に出た。 客室棟とそれ以外の施設が直結していないのも、ここのならではの構造である。 意図的に大自然に放り込まれてしまうのだ。

そしてディナーをいただく前に、必ず招待される場所がある。 それが「そもざギャラリー」だ。

「SHIGUCHI」に隣接する文化拠点「そもざギャラリー」には、縄文土器やアイヌの工芸品が静かに佇んでいる。常設展「Hokkaido Through The Ages」では、一万年前の縄文時代に遡る装飾品や土器、鏃から、アイヌの芸術作品、さらには森の動物の剥製まで、北海道の歴史と文化を物語る多彩な品々が展示。オーナーのグリッグが蒐集したこの貴重なコレクションについて、アイヌ文化に精通したキャストの解説を聞きながら展示物を観覧できる、何とも贅沢な時間なのだ。 ギャラリー体験時間は約30分。ここでアイヌ文化に触れることにより、この後のディナータイムにも深みが増し、ディナーのプレショーのような体験であった。

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ギャラリー鑑賞後には、おまちかねのディナータイム。ここでも目の前に広がるのは、見渡す限りの大自然。 天井を見上げると幾つもの『仕口』、この建物が古民家であることをふと思い出す瞬間だ。

この夜頂いたディナーは、佐藤朝男シェフが手掛けるフレンチや和食、北海道の恵みをふんだんに使ったコース。 アイヌ文化である『イヨマンテ』を再現した料理、シェフたちが地元の山から摘んできたというキノコや山菜で構成された料理、縄文時代に食べられていたであろう食材のみで焼き上げた特製パン等、どこまでもこだわりの詰まった料理が次々と提供され、ただ食事をしているのではなく、ショーを鑑賞しているような感覚になった。

食前のギャラリーでアイヌや縄文の文化に深く引き込まれた後にいただく料理は、華やかに演出されたフレンチのコースでは味わえない、揺るぎないこだわりと確かな納得感をもたらしてくれた。なかでも印象的だったのは、ゲストの食事のペースに合わせ、焼き上がりの瞬間を見計らって提供されるよう逆算して焼成されているというパンの提供だ。さらには生地の発酵までも、予約時間に合わせて調整されていると聞き、その徹底ぶりに驚かされた。

器には地元の陶芸家による作品が用いられ、料理の盛り付けも美術品のように繊細。窓の外に広がる森の静寂と呼応するように、一口ごとに北海道の大地や歴史を感じ取れるひとときとなった。

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静寂の森に宿る、グリッグの美学

オーナーのショウヤ・グリッグは、イングランド北部・ヨークシャーの生まれ。1994年、20代の若さで単身北海道へ渡り、それから30年以上にわたりこの地に根を下ろしてきた人物だ。隣接するラグジュアリー旅館「Zaborin(坐忘林)」の共同創業者兼クリエイティブ・ディレクターとしても知られる彼は、「SHIGUCHI」を単なる宿泊施設ではなく、“生きる映画”と呼ぶ。その真意について、グリッグは次のように語ってくれた。

「映画は90分で終わりますが、ここでの体験には終わりがありません。自然やアート、伝統をひとつに結び合わせ、ゲスト自身がその物語の“俳優”になる。そうして生まれる時間こそが、私が提供したい宿泊体験なのです。」

また、宿の名前「仕口(Shiguchi)」には、木材をつなぐ接合部という建築用語としての意味だけでなく、さまざまなものをどう結び直すかという思考を込めたという。

「仕口とは、日本建築で木材をつなぐ接合部のこと。大事なのはパーツそのものではなく、どう結び合わせるか。人間関係も会社も同じで、つながりの質こそが全体の価値を決めるのです。」

さらに彼の哲学は、自身の人生経験とも密接に結びついている。

「私はイギリスからアジアに惹かれ、東洋の哲学に出会いました。安全な場所を離れ、未知の環境に身を置くことが人を成長させると思っています。日本に来た当初は言葉もわからず迷いましたが、その経験が今の自分を形作ってくれました。」

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ショウヤ・グリッグ(Shouya Grigg)

そんな彼のフィロソフィーを体現し作り上げられた館内外にはアートや廃材を用いたオブジェが散りばめられている。それらに出会うたび「これは新しいのか古いのか?」「意図的なのか偶然なのか?」と考えさせられた。まさに滞在そのものが“ギャラリー巡り”であり、発見と問いが止まらないのだ。

さらに、グリッグは続ける。

「北海道は、京都や奈良のように有名ではないかもしれませんが、ここには独自の文化や哲学があります。日本人に忘れられつつある価値を思い出してほしいですし、海外からのゲストにも北海道の夏や歴史を知ってもらいたいのです。」

ニセコが“日本のアスペン”として華やかに進化する一方で、「SHIGUCHI」はラグジュアリーの意味を問い直す場所だ。ここで過ごす時間は、煌びやかな消費ではなく、自然との調和、文化への敬意、気づきと学びこそが真の贅沢だと教えてくれる。

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「SHIGUCHI」
住所:北海道虻田郡倶知安町花園78-5
TEL. 0136-55-5235
公式サイト:https://shiguchi.com/

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