ラグジュアリー小売大手「サックス・グローバル(Saks Global)」が、ニューヨークの老舗高級百貨店「バーグドルフ・グッドマン(Bergdorf Goodman)」の前チーフ・マーチャンダイジング・オフィサーである ユミ・シン(Yumi Shin) を相手取り、同社の競合である「ノードストローム(Nordstrom)」への移籍を阻止するための訴えを起こしたことが明らかになった。
米法律専門メディア Law360 によると、 この訴えは11月25日付でテキサス州北部地区連邦地方裁判所に提出されたもので、シンが退職直前に「大量の機密情報をダウンロードした」と企業側が主張しているという。さらにサックスは、シン氏が同社の競合である ノードストローム(Nordstrom) に「同等の役職」で移籍しようとしている点が、契約違反に該当すると指摘している。
サックス・グローバルの再編構造と、バーグドルフを取り巻く位置づけ
今回の訴訟の背景には、サックス・グローバルが2024年に総額27億ドルでニーマン・マーカス・グループ(Neiman Marcus Group)を統合し、複数のラグジュアリー百貨店ブランドを傘下に置いたことがある。
同グループには以下の主要ブランドが含まれる。
- ニーマン・マーカス(Neiman Marcus)
- バーグドルフ・グッドマン(Bergdorf Goodman)
- サックス・フィフス・アベニュー(Saks Fifth Avenue)
- サックス・オフ5TH(Saks OFF 5TH)
各ブランドは独立性を保持しつつも、データ統合や戦略共有を進めているため、グループ内の幹部人材が持つ情報の移動は重大なリスクを伴うと考えられている。
退職直前に機密データのダウンロード疑惑
訴状によれば、シンは10月の退職前数日にわたり、バーグドルフのみならず、サックスおよびニーマン・マーカス・グループ(Neiman Marcus Group)全体の機密情報にアクセスし、本来の職務範囲を超えるデータを取得した。企業側が特に問題視するのは、バーグドルフの主要200ブランドの売上および財務パフォーマンスを7年間分まとめた資料や、主要ブランドパートナーとの詳細な財務情報など、極めて競争力の高いデータだ。
さらに、企業側はシンが支給されていたiPhoneの全データを返却前に完全消去(リセット)した点も挙げ、行動の意図性を主張する。
サックス・グローバルとニーマン・マーカス・グループは、この情報が競合他社にとって極めて価値の高い営業戦略データであり、シンがノードストロームに移籍すれば、バーグドルフで構築したリソース、知識、関係性、そして信用を競合企業の利益のために必然的に利用する結果になると指摘している。
複数の競業避止義務契約
また訴状では、シンが株式報酬やボーナスを受け取る代わりに、退職後1年間は「直接の競合企業」での勤務を禁じる制限条項に署名していたことも示されており、ノードストロームは契約に明記された「禁止競合企業」に含まれていた。
企業側はこの条項の違反に加え、営業秘密の不正流用、忠実義務違反などを理由に損害賠償を求めており、その中には約48,000ドル相当の株式報酬の没収も含まれるという。
さらに、シンがノードストロームでの就業を開始することを阻止するため、仮差し止めおよび恒久差し止め命令も請求している。
“人材と情報”をめぐる攻防
サックス・グローバルは買収・統合後の再編期にあり、組織体制の変化が進んでいる。11月末には、バーグドルフのチーフ・リテール・オフィサーを務めていたメリッサ・ザイディス(Melissa Xides)が退任したことも報じられている。
こうした流れの中で、企業の中枢でブランド戦略を担ってきたシンの離脱は、単なる転職以上の意味を持つ。シンは、自身のインスタグラムでも1.6万人のフォロワーを抱え、業界でもよく知られている人物だ。これまでに築いてきたブランド交渉力、企業間ネットワーク、戦略視点は、バーグドルフにとって重要な“知的資産”であり、その移転は競争戦略の根幹に影響を及ぼす可能性があると考えられる。
こうした背景から、この法的措置は、機密情報の流出を防ぐという直接的な狙いにとどまらず、組織の求心力を保ち、さらなる人材流出を抑制するための“戦略的メッセージ”としての意味合いも帯びているのかもしれない。
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