3月17日(現地時間)、インディテックス(Inditex)グループを代表するブランド「ザラ(ZARA)」は、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)との2年間にわたるクリエイティブ・パートナーシップを発表した。コレクションは2026年9月にスタートし、パートナーシップ期間中、シーズンごとに発表される予定だ。
大量生産・大量流通を前提とするファストファッションの巨人と、クチュール的な作家性で知られるガリアーノの組み合わせは、業界に少なからぬ驚きを与えた。しかし今回のプロジェクトの核心は、その”対比”そのものにある。
過去の資産を、新たなクリエーションへ
このプロジェクト最大の特徴は、ザラの過去シーズンのガーメントそのものを素材として扱うことだ。既存プロダクトを参照・リデザインするにとどまらず、実際に解体し、再構成するアプローチを採用する。
ブランドは、公式声明で「ガリアーノは、ザラの過去シーズンのガーメントを直接扱い、それらを解体・再構築することで、新たな季節的クリエーションを生み出す予定です」と説明。
アーカイブを”素材”として捉えることで、ブランドの過去と現在が交差する新たなコレクションが構想されている。量産プロセスに、クチュール的な個人の手仕事と実験精神を持ち込む、きわめて異例の試みと言える。
また、既存ガーメントを解体・再構築するアプローチは、廃棄ゼロやサステナビリティとも接続し得るものである。今回の取り組みが、ファストファッション業界全体に与える影響にも注目が集まる。

ジョン・ガリアーノの軌跡
ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は、ジブラルタル出身の英国人デザイナー。その演劇的かつ独創的なビジョンは、20世紀末のファッションシーンを根底から塗り替えた存在として知られる。
幼少期にロンドン南部へ移住し、セントラル・セント・マーティンズで学んだ後、1984年に首席で卒業。卒業コレクション「レ・ザンクロワヤブル」は、ロンドンの名門ブティック「ブラウンズ」にコレクションごと買い取られるという異例の形で評価され、自身のブランド設立へとつながった。
その後、1986年には英国デザイナー・オブ・ザ・イヤーを初受賞。順風満帆に見えたキャリアは、1990年に資金難による破産という転機を迎えるが、パリへ拠点を移し、ファッション界の支援者たちとの出会いを経て再起を果たす。1994年には同賞を再び受賞し、ヴォーグ編集長アンナ・ウィンタ―(Anna Wintour)らの支援を背景に、パリでの地位を確立した。
1995年にはジバンシィ(Givenchy)のヘッドデザイナーに就任し、フランスのオートクチュールメゾンを率いる初の英国人デザイナーとして歴史に名を刻む。翌1996年にはクリスチャン ディオール(Christian Dior)へと移籍し、演劇的なショー演出と革新的なデザインで時代を象徴する存在となった。1998年には米CFDAデザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞、2001年には大英帝国勲章(CBE)を授与されるなど、その評価は国際的な広がりを見せていく。
しかし2011年、パリでの不適切発言が問題となり、ディオールを解雇されるという大きなキャリアの失脚を迎える。その後リハビリを経て、2013年にはアンナ・ウィンタ―の仲介によりオスカー・デ・ラ・レンタ(Oscar de la Renta)のスタジオに一時参加し、ニューヨーク・ファッションウィークで復帰への一歩を印象づけた。
2014年にはメゾン マルジェラ(Maison Margiela)のクリエイティブ・ディレクターに就任し、本格的な復活を果たす。以降、約10年にわたり同メゾンを率いたのち、2024年に退任。新たなクリエイティブの方向性が注目される中、このたび、ザラとのパートナーシップを発表するに至った。
幾多の成功と挫折を経てなお、ファッションにおける表現の可能性を問い続けてきたガリアーノ。その次なる挑戦が、いま新たに幕を開けようとしている。
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