北米リテールテックの変化:ブランドはどのように適切なテクノロジーを店舗に採用すべきか

コロナ禍以降、消費者が実店舗に求めるものは大きく変化を見せている。近年、店舗に適切なテクノロジーツールを設置する事は、店舗の利便性を向上させる為には「なくてはならない前提条件」と言っても過言ではない。

コロナのパンデミックが起きる前、ブランドが実店舗のテクノロジーに投資をする最大の理由は、「店舗へ足を運ぶ顧客へエンターテイメント的な要素を提供する」という、顧客体験へ重きを置いたものだった。最新のテクノロジーを導入し、デジタルと融合させ、従来のブランドのDNAに真新しさを加えると、店舗は「最新のテクノロジーを体験出来る場」として来客した人々に高揚感を与え、リピーターへと促すトリガーとなっていた。

中でもニューヨークを拠点に置くファッションブランドの店舗では、かなり早い段階から店舗にテクノロジーツールが採用されていた。ケイト・スペード(Kate Spade)は、2013年頃から「タッチスクリーンで商品を購入出来るインタラクティブなディスプレイウィンドウ」を店舗に導入を開始。またレベッカ・ミンコフ(Rebecca Minkoff)は、2014年に店舗の試着室に「マジックミラー」を導入し、ショッパーが追加のアイテムをリクエストできるスクリーンを設置したことで話題を呼んだ。

顧客が今、実店舗での体験に求めるもの

しかし、かつては小売業者が店舗を活気づける手段として実践されていたこうしたブランドの取り組みが、今まさに変化の過渡期にある。それは、より多くの消費者がパンデミック中にオンラインで買い物をする様になったことが理由だ。

Digital Commerce 360の調査によると、パンデミックによって2020年と2021年の2年間のEコマースの売り上げは本来の予想を遥かに超え、2,185億3,000万ドルの追加収益をもたらしたと推定されている。また、2021年の年間を通して、消費者は米国の販売店で8707億8000万ドルをオンラインで消費した。これは前年比の7626億8000万ドルと比べ、14.2%も増加した数字だ。もしパンデミックが起こらなかったとしたら、オンライン売上は2021年に7543億3000万ドルに留まっていたとされ、2023年までにも8707億8000万ドルには達しなかっただろうと推測されている。

パンデミックが流行する前からEコマースは早いスピードで成長していたが、コロナ禍の「Stay Home」がきっかけとなり、オンラインショッピングの需要を急速に成長させたのだ。そして、パンデミック中に消費者は、オンラインショッピングで割引クーポンの検索や、商品の交換や返品、ブランドのフルカタログからの注文などが簡単に出来る便利さを実感し、オンラインと同様の利便性を実店舗にも期待する様になっていった。

長期的な利益率強化に貢献するRFID技術

しかし、経営コストの上昇と経済不況への懸念から、多くのブランドや小売業者は導入するリテールテクノロジーの種類を再評価する必要性を感じている。

中でも、最も効果的な店内技術と言われているのが、在庫管理に役立つRFIDなど、インフラの問題を解決する為のツールだ。実店舗での小売業において、適切なテクノロジーツールの設置は、ブランドが顧客と繋がり、バックオフィスの管理を改善し、店舗訪問を向上させることが出来る。

例えば、ロンドンのアパレルメーカーであるリバーアイランド(RIVER ISLANDRIVER ISLAND)は、RFID技術の導入により、2週間で店舗全体の平均在庫率を72%から97%に向上させた。同ブランドは、商品の稼働率が向上したことで、RFIDのセットアップ費用に収支を合わせることが出来たと報告している。

アメリカの代表的なラグジュアリーブランドのラルフローレン(Ralph Lauren)でも、RFID技術が活用されている。同社は、実店舗に買い物客が様々な商品のサイズを仮想スクリーンで試着出来るインタラクティブなを設置。この仮想スクリーンは、RFID技術を使用し、衣料品タグの内部からデータを読み取り、そのデータを使って、顧客のライブ画像に商品を重ねて表示するというものだ。買い物客は試着した商品を360度見渡すことができ、簡単なジェスチャーで服の色や柄を変更することも可能だ。

また、サステナブルなブランドとして知られるリフォーメーション(Reformation)でも、2017年に、買い物客が商品探しにラックを漁る必要がない、「タッチスクリーンモニター」を導入。同時に、試着室ごとにタッチスクリーンモニターで更なるサイズやスタイルを選択できる「マジックワードローブ」というコンセプトも展開した。現在リフォーメーションはこれらを店舗体験の核となる要素とし、この機能を39店舗中28店舗で提供している。そして、今後の新規オープン店舗でも導入する予定だ。

「未来のデパート」と呼ばれ、「RaaS」(Retail as a Service)の代表とも言えるニューヨークのショーフィールズ(Showfields)は、消費者が新しいD2Cブランドに出会える場として、多くの新興企業に活用されている。同社は、2020年に「マジックワンド」というアプリの導入を開始。これはユーザーは店内ディスプレイのQRコードをスキャンした後、そのブランドの詳細情報をアプリで取得出来るというものだ。昨年11月に、ショーフィールズはこのアプリに割引コードを追加し、買い物客が店内でチェックアウトする際に適用出来るようにした。この変更により、消費者の購買意欲が促進され、出店しているブランドはショーフィールズに来店した人々に関する、より多くのデータを得ることが出来る様になった。

ニューヨーク、ソーホーにあるショーフィールズの店舗

このように実店舗での、便利で、効率の良い買い物空間は、顧客のロイヤリティを高め、何度も足を運んでくれるようなパーソナライゼーションレベルを提供する。同時に、店舗におけるRFID技術は、強化された販売データから予測される機動的な在庫パッケージを構築し、陳腐化した在庫やマークダウンを減らし、安定した在庫供給による売上増を達成するための基盤の提供しているのだ。

変更や更新の融通が効く、自社システムの開発

しかし、多くの小売業者が不安定な経済状況による営業上の制約に直面し続けている現在、彼らは新しいテクノロジーへの投資に、より慎重になっている。曖昧な在庫の可視性に基づく意思決定が利益率を低下させるという認識があるにもかかわらず、新しいテクノロジーへの投資は最優先事項になっていないのが現状だ。また、RFIDは在庫管理の改善に役立つため、低リスクの費用と見なされることがあるが、小売業者の既存システムと統合する必要があるので、実装が困難な場合もある。

一方で、より先進的なソリューションに投資する企業は、店舗での新しい試みが顧客体験にどのような効果や共感をもたらすのかについて常に賭けをしている様なものだ。そのため、一部のブランドは、自社のDNAを強調するツールへの投資を強化しており、ニーズに応じて変更や更新ができるソリューションの開発に注力を注いでいる。

ラグジュアリーブランドを主に取り扱うECサイト、ファーフェッチ(Farfetch)では、毎年数百万ドルを自社のテクノロジー開発に充てている。2017年に、同社は、実店舗が保有する膨大なデータを有効活用し、小売業者のクロスチャネル施策を支援する革新的なオペレーションシステムを開発。これは、優れた顧客認識機能によって、ファーフェッチのアプリを利用している顧客が、同アプリと提携するブティックやブランドのショップに来店したり、「スマートフィッティングルーム」に入ると、販売スタッフに通知が行くというものだ。また、この「スマートフィッティングルーム」では、買い物客が異なるサイズやカラーの商品を試着したい時に、ファーフェッチのアプリと、店頭にあるスマートミラーを連動させると、よりスムーズに希望商品をリクエストすることが出来る様になっている。

それに加えて、「ユーザーが手に取った服を認識できるハンガーレール」も開発済みだ。買い物客がRFIDでタグ付けされた洋服を手に取ると、超音波のレールセンサーがそれを感知する。それによってハンガーレールから最も近くにいるユーザーのスマートフォンやタブレットに自動的にデータが紐づけられ、店舗で見た商品が顧客のオンライン上の「ウィッシュリスト」に記録されていくというものだ。更に販売スタッフは、この機能を活用することで、顧客一人一人に合った、よりパーソナライズ化された的確なアドバイスや提案が出来るというわけだ。

ファーフェッチでは、この様な自社開発した画期的なテクノロジーシステムを、トム・ブラウン(Thom Browne)やハロッズ(Harrods)セレクトショップ、ブラウンズ(Browns)など他ブランドに販売し、そこでも利益を得ている。

このように、各小売業者は店舗体験の向上を図る為の、様々なアプローチを実践している。オンラインショッピングと同様の利便性が実店舗に求められる様になった今、リテールテクノロジーの活用は小売業の成功に不可欠な要素だ。

そして、各々の店舗が抱える課題に合った適切なテクノロジーを設置することで、ブランドと顧客の関係性をより密接なものに強化し、実店舗での売り上げに貢献をもたらしてくれることだろう。