「デニムのゴッドファーザー」として知られるイタリア人デザイナー、アドリアーノ・ゴールドシュミット(Adriano Goldschmied)が、4月5日(現地時間)の夜明け、イタリアのカステルフランコ・ヴェネトの病院で死去した。享年82。長期にわたる癌との闘病の末であった。
遺族は、妻ミケーラ(Michela)、娘グレンダ(Glenda)とマルタ(Marta)。FashionUnitedが3月23日に行ったインタビューでは、晩年においても変わらぬ情熱でデニムイノベーションについて語っていたとされる。その発言は、公の場での最後の言葉の一つとなった。
デニムを「衣服」から「文化」へ
1944年、トリエステ出身の家庭に生まれたゴールドシュミットは、イヴレーアで育ち、1970年代にコルティナ・ダンペッツォに最初の店舗「King’s Shop」を開業した。この場所から、デニムとともに歩むキャリアが本格的に始動する。
以来50年以上にわたり、革新的なウォッシュ加工やデザインを通じて、ジーンズを実用的なワークウェアからファッションの中核へと変革。世界がデニムをどう見て、どう着るかを根本から変えた人物である。

ブランド創出と産業構造への影響
ゴールドシュミットは、ディーゼル(Diesel)、リプレイ(Replay)、ギャップ1969(Gap 1969)、AG アドリアーノ ゴールドシュミード(AG Adriano Goldschmied)、ゴールドサイン(Goldsign)、エーゴールドイー(Agolde)など、数多くのブランドの立ち上げや成長にも関与してきた。
技術面での功績も極めて大きく、ストーンウォッシュ技法の発明、テンセル繊維のデニムへの実験的導入と活用、スーパーストレッチデニムの開発は、いずれも業界の常識を塗り替えるものであった。また近年は、革新的な織り技術と画期的なストレッチ性を駆使したアクティブウェアデニムライン「アシネティック(Acynetic)」を開発し、デニムにおける快適性の新たな可能性を切り拓いていた。
時代に先駆けたサステナビリティの提唱者
さらに、ゴールドシュミットは、1990年代という早い段階からデニム産業におけるサステナブルな生産手法を先駆的に推進してきた第一人者でもある。「サステナビリティ」という言葉すら業界に浸透していなかった時代に、環境負荷の低減を訴え続けた先見の明は、今日の業界全体の潮流の礎となっている。
そんな彼のワードローブには10本ほどのジーンズしかなく、しかも何度も手で繕ったヴィンテージばかりを好んでいたという。デニムを「消費するもの」ではなく「生き、変化し、長く共にするもの」として捉えていた姿勢が、その一事に凝縮されている。
レンツィング社のテンセル繊維の早期採用者としても知られ、サステナブル素材のデニムへの応用にも重要な役割を果たした。
最後まで走り続けた革新者
アメリカファッションデザイナー協議会(CFDA)のメンバーでもあったゴールドシュミットは、晩年も「デイリーブルー(Daily Blue)」と「ハウス・オブ・ゴールド(House of Gold)」を手がけ、イタリアのヴェネト州にクリエイティブ拠点を、ロサンゼルスにオペレーション拠点を置きながら、高品質なデニムインスパイアードファブリックのデザイン、生産、流通に精力的に取り組み続けていた。
ゴールドシュミットが遺したブランド、技術革新、そしてサステナブルデニムへの道筋は、これからもグローバルなデニム産業の中に生き続けるであろう。
なお、「パイオニア デニム(Pioneer Denim)」は、ゴールドシュミットが生前最後に手がけたクリエイションとなるランウェイショーを4月14日(現地時間)にアムステルダムで控えている。
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