この数週間の間に、ファッションコンテンツの中で「クワイエット ラグジュアリー(Quiet Luxury)」という言葉を目にした人はどれくらいいるだろうか?そう問いを投げかけたくなるくらい、今最も熱いトレンドとして挙げられているのが、このワードなのだ。
クワイエット ラグジュアリーの定義
クワイエット ラグジュアリーとは、その文字通り「静かな」「主張しない」ラグジュアリーの意味を表し、しばしば別の言葉で、”Stealth Wealth” や ”low-key rich”とも表現される。
クワイエット ラグジュアリーは、いつの時代も超富裕層に好まれるもので、彼らのワードローブの基本は「コード化されたラグジュアリー」である。一目見てブランド品だと分かる騒がしいロゴプリントや、デザイナーの名前が大きく入ったものは不要であり、他の人に自慢をしたり、見せびらかす必要もない。一見どこのブランドか大衆の人々が見ても気が付かないが、あくまでも「分かる人には分かれば、それでいい。」というスタンスがそれだ。過度な装飾はなく、ミニマルなデザインだが、確かな品格が感じられるそんなルックである。それは超富裕層の彼らが、ブランド名やロゴに紛らわされることなく、本当のクオリティやオーセンティシティーを理解しているからこそ、自信を持ってそれを選び、身につけることが出来る品格や威厳の現れと言えるだろう。
では、今なぜ超富裕層に好まれてきたクワイエット ラグジュアリーがトレンドとして注目されているのだろうか?その火付け役となったのは、実はスキー中の事故で訴訟を起こされ、勝訴したグウィネス パルトロウ(Gwyneth Paltrow)の法廷ファッションだった。
注目を浴びたパルトロウの法廷ファッション
パルトロウは、2016年にユタ州パークシティにあるディアバレーリゾートのスキー場で、スキーを滑っている時に元検眼医のテリー サンダーソンと衝突事故を起こしたことで、サンダーソンから310万ドルを求める民事裁判を起こされていた。これに対してパルトロウも、スキー場で当たってきたのはサンダーソンの方だと2021年に反訴していたが、結局2023年3月30日に、裁判員がこの事故で非があるのは「100%」サンダーソンだったとの評決を下し、パルトロウは勝訴。サンダーソンから要求していた1ドルと弁護士費用を獲得した。
しかしここで話題になったのは、裁判の行方だけではない。パルトロウが法廷に現れた時、誰ものが彼女のシックなスタイリングに釘付けになっていた。彼女の装いはネイビーのパンツ、白いボタンダウン、カシミアのコートなどどれもシンプルで控えめなデザインばかりだが、とても洗練されていた。ファッション専門家によれば、トップはプラダのセーター、足元には1,200ドルのセリーヌのブーツ、バッグも同様にセリーヌで1,600ドルのものだ。また、ネックレスは25,000ドル、パンツは895ドルというように、身につけているものは全て高級品ばかりだった。
パルトロウの弁護士は、原告が訴えを起こした理由の一つは、パルトロウが裕福な有名人であることが理由だと主張していたが、パルトロウはファッションを通じて自身がリッチなセレブリティであるという事を示し、多忙なスケジュールをぬって裁判に臨んだことを印象付けた。そして、彼女のファッションが、今回の勝訴の結果に少なからず良い影響を与えたのでは、と言われている。
クワイエット ラグジュアリーのブランドリスト
こうしたセレブリティたちの着こなしが影響し、今年に入ってからクワイエット ラグジュアリーの代名詞的なブランドへの熱が高まり始めている。
クワイエット ラグジュアリーを愛する人々に支持されるブランドとして挙げられるのが、The Row(ザ ロウ)、Bottega Veneta(ボッテガ べネタ)、Khaite(ケイト)、Loro Piana(ロロ ピアーナ)、Brunello Cucinelli(ブルネロ クチネリ)だろう。また、その他にもVictoria Beckham(ヴィクトリア ベッカム)、Miu Miu(ミュウミュウ)、Max Mara(マックス マラ)、Coperni(コペルニ)、Peter Do(ピーター ドゥ)などが挙げられる。
例えば、ロロ ピアーナで定番のタートルネックのトップを買おうとすると、約1,500ドルする事も珍しくない。クワイエット ラグジュアリーでは、日常的に着られるカシミアのセーター、デニムパンツ、白シャツなど定番のアイテムにラグジュアリー品を取り入れ、「エレガントなベーシック」を作り上げる。ミニマリズムよりは控えめで、ノームコアより洗練されており、故に、「ファッションを使って自分の存在感を周囲にアピールする必要のない、自己を確立した女性」へ向けたスタイルがそれだと言えるだろう。
ストリートスタイルの変化
また、今季は各都市のファッションウィーク期間中のストリートスタイルにも変化が見えた。以前からコペンハーゲン、ミラノ、パリでは、ニュートラルなカラーが好まれ、そこにエレガンスと少しの捻りが加わったクワイエット ラグジュアリーの要素が一般の人々の着こなしにも取り入れられてきた。
一方で、昔からビビッドカラーやネオンカラーなど色彩豊かなルックにエッジの効いたデザインや遊び心のある服を着こなしている人が多いのがニューヨーク、ロンドン、東京などの都市だ。しかし今季のファッションウィークでは、これらの都市のストリートでも、クワイエット ラグジュアリーの影響を受けたような、落ち着きのあるパリジャン的なアーバンルックを着こなす人々の姿が多く見られるという傾向があった。
急増するクワイエット ラグジュアリー思考な人々
この流れは、マスマーケットにも変化をもたらしている。
2,3年前までは、インスタ映えする派手なファッションや、安価で着回しが効くアイテムにこそ一般的な需要であった。Shien(シーイン)などのファストファッションが売り上げを伸ばしていたのも、より多くのアイテムを持ち、毎日違う服を着ているように見せたい、常にトレンドのものをアップデートしていたい、というソーシャルメディアファーストな消費者の考えが先行していたからだ。
しかし今、サステイナブルであることに意識が向いている消費者を惹きつけるのは、「本当に長持ちする良い高級品を購入すること」に変化しつつある。果たしてこのクワイエット ラグジュアリーのトレンドが一時的なものになるのか、今後も大衆にも定着していくのか、今の時点では定かではない。
一つ言えることは、「人々は以前に増して消費することにより注意を払い、費用対効果を求めている」ということだ。現在の良好とは言えない世界の経済状況を反映させるかのように、人々はファッションにも安全や保証を求めているのだ。