6月2日(現地時間)、ニューヨーク発のファインジュエリーブランド「ミラモア(Milamore)」は、2026年度「CFDA/ヴォーグ・ファッション・ファンド(CFDA/Vogue Fashion Fund)」のファイナリスト10組の一つに選出された。
同ファンドは、米国を拠点とする次世代デザイナーやブランドを対象に、資金援助やメンタリング、事業成長支援を提供する、アメリカのファッション業界を代表する育成プログラムである。
「Designed in New York, Handcrafted in Japan(ニューヨークでデザインし、日本で製作する)」を掲げるミラモアは、日本の職人技術と現代的なデザインを融合したファインジュエリーを展開。日本の伝統技法である金継ぎから着想を得たコレクションを通じて、「Mended, Not Broken(壊れたのではなく、修復されたもの)」という哲学を発信してきた。
ファイナリスト発表から10日足らず。米ヴォーグ本社での初回審査プレゼンテーションを終えたばかりの創業者、稲木ジョージ(George Inaki)に、OSFはマンハッタンのザ・リッツ・カールトン ニューヨーク ノマドで話を聞いた。
選出の知らせを受けた瞬間の率直な思い、プレゼンテーションに向けて準備したこと、そして今回の機会をミラモアの未来へどのようにつなげていくのか。ファイナリストとして走り始めたばかりの現在地を、稲木が語る。
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選出の一報はCEOからの電話で
――改めて、ファイナリスト選出おめでとうございます。日本にルーツを持つブランドとしてアメリカで頭角を表すのは本当に難しいことだと思います。実際に選出された時の様子や心境を教えてください。
発表前週の月曜日に、CFDAのCEOであるスティーブン・コルブから直接電話をいただき、ファイナリストに選ばれたことを告げられたんです。あまりに突然のことで、すぐには言葉が出ませんでした。
――突然の一報だったのですね。
正直、最初は現実のこととは思えませんでした。思わず「本当ですか」と確認してしまったほどで。スピーカーフォンだったのでしょうね、電話の向こうから皆さんの温かい笑い声が聞こえてきて、ようやく本当なのだと実感しました。1時間後にメールが届いたのですが、「ファイナリストに残りました」ではなく、いきなり「Here are details」と詳細が書かれていて。翌朝起きると、My phone is blowing up――友人たちからのメッセージやタグ付けが殺到していて、「ああ、本当なんだ」と。それでも消化するのに2、3日かかりました。正式発表の日も、まだ夢の中にいるような感覚でした。
――そこからすぐに次のステップが始まったそうですね。
1週間後にはプレゼンテーションがあると告げられて、さすがに驚きました。しかも「ミューズと共に来てください」という指定があったので、すぐに友人に連絡をしました。自身の会社を経営している元モデルで、非常に多忙な人なのですが、幸運にもスケジュールが合い、一緒に臨むことができました。
ヴォーグ本社でのプレゼンテーション
――前日に行われた初回プレゼンテーションは、いかがでしたか。
普段は緊張とは無縁なのですが、昨日ばかりは人生で一番というほど緊張しました。8時入りだったので5時に起きるつもりが、3時に目が覚めてしまってそのまま眠れず。自転車でワールドトレードセンターに向かう道中は、緊張と高揚が入り混じった、忘れられない時間になりました。
ヴォーグのオフィスの中に入るのは初めてだったんです。「ここがVogue USA、Vogue Internationalの本社なんだ」と。歴代のヴォーグの表紙が飾られているのを見て、実感が込み上げてきました。ちょうど『プラダを着た悪魔』の新作が公開されるタイミングでもあり、今年はアメリカ建国250周年。すべてが重なった、特別な瞬間でしたね。
――審査員の顔ぶれもすごいですよね。
もともとトム・ブラウン(Thom Browne)が大好きで、15年ほど前から、ニューヨーク・ファッションウィークのトム・ブラウンのショーを拝見していました。その本人が、まさか目の前にいる。さすがに緊張しました。しかもこのファンドは全カテゴリー合同なんです。レディトゥウェアだけでなく、アクセサリー、シューズ、ブライダル、ファインジュエリーまで、すべてが同じ土俵で審査される。
――翌日にはノードストロームとの祝賀カクテルイベントもありましたね。
他のファイナリストたちと言葉を交わすなかで、「自分はアメリカ代表のデザイナーの一人になったんだ」と初めて実感しました。これまでは「ニューヨークにいる日本のジョージ」だったのが、フラットに「アメリカ代表のファインジュエリーデザイナー」になった。まったく違うことですよね。渡米して12年、ようやく自分を認められた気がします。
なぜヴォーグ・ファッション・ファンドだったのか
――ジュエリーの賞としては、ティファニーとCFDAによるアワードもあります。なぜヴォーグ・ファッション・ファンドを選んだのですか。
あちらも素晴らしいプログラムですが、私はデザイナーである以前に、起業家でありブランドそのもの。ブランドとしての成長を総合的に後押ししてくれるこのファンドのほうが、ミラモアの現在地に合っていると考えたんです。ヴォーグ・ファッション・ファンドは以前から知っていて、実は昨年も応募したんです。フェーズ2まで進んだものの、ファイナリストには届かなかった。それで今年、再挑戦しました。
――2年目の挑戦での選出だったんですね。
ジュエリーにはシーズンがないので、毎年新作を見せられるわけではありません。ポートフォリオには昨年のピースも含めて、イメージやビジュアルの見せ方を変えて臨みました。昨年の応募時の回答を読み返すと、人は1年でこんなに成長するのかと。自分を振り返る良い機会にもなりましたね。
――ファインジュエリーからの選出は、業界的にも大きな意味がありますよね。
アメリカにおけるファインジュエリーの定義は、14金以上の地金であること。メッキは認められません。そしてファインジュエリーとファッションの間には、常に狭間が存在するんです。ファッション業界の中心はやはりレディトゥウェアで、ファインジュエリーはその外側にある、とても小さな業界。しかもアメリカのファインジュエリーは石が主役で、大きなダイヤモンドこそが富の象徴という世界です。もちろんそれも一つの美学ですが、私が追求したいのはあくまでデザイン。だからこそ金継ぎに取り組んでいますし、今回の選出は本当に嬉しいんです。

――ラスベガスの展示会にも出展されていましたよね。
「クチュール(Couture)」という展示会に3年間出展しました。素晴らしい場である一方、全米から石を愛する人々が集まる、ストーンが主役の世界。デザインを軸とするミラモアにとって、最適な舞台は他にあるのではないかと感じるようになりました。私はデザインとフィロソフィーで勝負したい。ファッションの世界であれば、それが評価される。もしかしたら、時代が追いついてきたのかもしれません。トレンドのサイクルは短くなりすぎて、地球のことを考えれば、これからはスローファッションの時代です。ラグジュアリー業界も拡大しすぎて、いまは引き締めの局面にある。そして、アメリカではかつてないほど日本が注目されている。これまで日本に興味のなかった人たちまで日本を語るようになった。良い流れだと思います。
拒絶の連続が導いた金継ぎ
――金継ぎのコンセプトは、ご自身の経験から生まれたそうですね。
12年前に渡米した当初は、仕事がまったく見つからず、拒絶の連続でした。モスキーノ(Moschino)の倉庫のような場所で検品をしながら、「自分は何をしているんだろう」と。26歳でしたよ。日本では4年間のキャリアがあったのに、またゼロから始めることは、正直、悔しい経験でした。でも今振り返ると、あの拒絶の連続がミラモアに導いてくれたのだと思います。拒絶がなければ、ミラモアというブランドは生まれなかった。ボロボロになった自分自身を金継ぎしたい――その一心で、金継ぎのリングを作っていたんです。
――当初から手応えはあったのですか。
正直、最初はなかなか受け入れられませんでした。当時は金継ぎというコンセプト自体がまだ知られていなくて、少し早すぎたのだと思います。今では多くの方に理解していただけるようになりましたが。だから今回の選出で、ヴォーグ本社の会場に立った時、「これがアメリカンドリームなんだ」と心から思いました。

ブランドは、誰のためにあるのか
――ミラモアは、一般的なブランドが行うようなセレブリティへのアプローチをしていない印象があります。
有名人にミラモアを着けさせないんです。アンバサダーも立てませんし、ギフティングもしません。ギフティングをすると、定価で購入してくださっているお客様に申し訳ないじゃないですか。ミラモアを選んでくださるお客様一人ひとりとの関係を、何よりも大切にしたいと思っています。
――ご自身がインフルエンサーの先駆けと呼ばれた立場だからこその判断ですね。
実はブランドを立ち上げるにあたって、インフルエンサーという立ち位置は違うだろうと、かなり考えました。イベントにもインフルエンサーワークとしては行かないなど、意識的に線を引いてきたんです。PR時代は、ブランドありき、セレブリティやインフルエンサーありきの仕事でしたが、それが故に「誰それと親しい自分」として知られていくことがずっと嫌でした。人の名前を借りて有名になるのではなく、自分の名前で正々堂々とやりたい。それは当初から変わらない思いです。
ジュエリーブランドではなく、ライフスタイルブランドへ
――今回の選出を一つのマイルストーンとして、ミラモアはこれからどう発展していくのでしょうか。
何よりも自分のデザインを大切にしたい。デザインをする時は、「このデザインを10年後、20年後、30年後の自分が着けたいか」という問いから始めます。そこは絶対に譲れません。実はバッグも作っていて、ハードウェアはすべてシルバー。自分の世界観を崩さずに、異なるカテゴリーへ展開していく。バッグ、パフューム、サングラスといった構想は、ブランド設立当初から描いていたものです。

――ジュエリー一本というより、幅を広げていくイメージですか。
ジュエリーブランドにするつもりはないんです。例えば、クロムハーツ(Chrome Hearts)は、どこを切ってもクロムハーツじゃないですか。サングラスも、服もあるけれど、ジュエリーで知られている。あれが理想です。アーティストには、絵を描く人もいれば、彫刻をつくる人もいる。媒体が違うだけで、表現していることは一つ。私はそういう考え方なんです。今はジュエリーという媒体で金継ぎと日本のクラフツマンシップを伝えていますが、金継ぎのコンセプトから、パフュームやキャンドル、サングラスへも派生させていきたい。執筆も、金継ぎの視点で書きたいと思っています。金継ぎという哲学を、あらゆる方法で表現していきたいんです。
――拡大のペースについてはどう考えていますか。
ブランドは今年で8年目、まだまだ若い。いま勢いのあるブランドは、どこも10年以上かけて育っています。それまでは焦らずじっくりと温めて、アイデンティティを強くしていく段階だと捉えています。チームにはいつも「1歩ずつではなく、半歩ずつでいい」と伝えているんです。3歩進んで2歩下がれば、結局は下がってしまう。だから、半歩ずつ確実に。
――最後に、これから楽しみにしていることはありますか。
まだ詳しくはお話しできませんが、約1年後に向けて、とても楽しみにしているプロジェクトがあります。ジュエリーというカテゴリーにとどまらず、金継ぎの哲学やミラモアの世界観を、より幅広い形で届けていきたいと考えています。

CFDA選出を起点に、次のステージへ
今回のCFDA/ヴォーグ・ファッション・ファンド選出は、ミラモアにとって一つの到達点ではない。むしろ、ブランドがアメリカのファッション業界における新たなステージへ進むための出発点である。
9月には、ニューヨーク・ファッションウィークの公式カレンダーに初参加し、プレゼンテーションを実施する予定だ。ファインジュエリーを起点に、金継ぎの哲学、日本のクラフツマンシップ、そしてミラモアが描くライフスタイルの世界観を、より広い観客へ提示する機会となる。
続く10月20日(現地時間)には、ニューヨークで開催されるガラディナーにおいて、CFDA/ヴォーグ・ファッション・ファンド2026の最終受賞者が発表される。優勝者には30万ドル、準優勝者2名にはそれぞれ10万ドルが授与されるほか、全ファイナリストには継続的なビジネスメンタリングと成長支援が提供される。
「半歩ずつ、確実に」。
その言葉を軸に歩みを重ねてきたミラモアは今、ジュエリーブランドの枠を超え、金継ぎという哲学を世界へ届ける次の章へ進もうとしている。
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