共同編集:株式会社ビーツ/ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ライター:柏木又浩
レガシーブランドの未来を問い直すREIの挑戦
世界最大級の小売業界カンファレンス「NRF リテールズ・ビッグ・ショー 2026(NRF Retail’s Big Show 2026)」が開幕し、業界の未来を形作る最新のトレンドと戦略が議論された。
数あるセッションの中でも特に注目を集めたのが、米国を代表するアウトドア小売協同組合REIの社長兼CEO、メアリー・ベス・ロートン(Mary Beth Laughton)による基調講演「Ascending Together: Driving Growth, Community, and Innovation at REI」だ。
AIによる効率化とデジタル化の波が小売業界を席巻する現代。87年の歴史を持つレガシーブランドは、いかにして存在意義を再定義し、持続的成長を実現するのか。
その問いに対し、ロートンが提示した答えは明快である。
――「信頼」だ。
本レポートでは、彼女が語ったREIの未来戦略を読み解き、その核心に迫る。
1. 新戦略「P28: Ascending Together」が示す未来への羅針盤
ロートンが就任初期に実施した、全米15,000人の全従業員から意見を募る広範なリスニングツアーは、単なる現状把握に留まらない。それは、REIの魂とも言える現場の声を吸い上げ、未来への羅針盤を創り上げるための重要なプロセスであった。この対話から生まれたのが、2028年までを見据えた3カ年戦略計画「P28: Ascending Together」だ。
同戦略が掲げる核心的なビジョンは、REIを「アウトドアを愛する人々に最も信頼される小売業者」として確立すること。ロートンは、製品や価格の競争が激化する今日の市場において、顧客との永続的な関係を築くための最も永続的な競争上の堀(Competitive Moat)は「信頼」であると断言する。
信頼は、誠実さ、専門性、そして顧客への深い配慮から生まれ、模倣困難な中核的防衛資産(Core Defensible Asset)となるということだ。
このビジョンを実現するため、P28計画は以下の4つの戦略的柱によって支えられている。
- 本格的な製品の品揃え: 流行に流されることなく、アウトドア活動の本質を捉えた本物(オーセンティック)で、かつ現代の多様なカルチャーと関連性の高い製品を提供し続けること。これは、ブランドの信頼性の基盤となる。
- 質の高いサービスと体験: 単なる商品販売に留まらず、顧客一人ひとりのニーズに応えるパーソナライズされた体験を強化すること。専門知識を持つスタッフによるアドバイスから、コミュニティイベントまで、あらゆる接点で質の高いサービスを提供する。
- 刷新された会員プログラム: 2,500万人という強固な会員基盤とのエンゲージメントをさらに深めるため、会員プログラムを再構築。金銭的なメリットだけでなく、会員であることに誇りと感情的なつながりを感じられるような特典や体験を創出する。
- 進化した企業文化: 戦略を推進する組織の力を最大化するため、企業文化を進化させること。より従業員同士のつながりを強め、戦略的な焦点(フォーカス)を持ち、常に新しい挑戦を恐れない先駆的な(パイオニア)文化を醸成する。
これらの柱は、独立したサイロではなく、相互に強化し合う一つのシステムとして機能する。例えば、「本格的な製品の品揃え」へのこだわりは、「グリーンベスト」が信頼性の高い製品知識に基づいた「質の高いサービス」を提供する上で直接的な力となる。これが結果として「会員プログラム」の価値を高め、単なる割引クラブ以上の存在へと昇華させる。そして、これらすべてを推進するのが、野心的な目標の実行に不可欠なパイオニア精神を育む「進化した企業文化」である。
突き詰めれば、これら4つの柱は、REIが持つ唯一無二の強力な基盤、すなわち人的資本へと収斂していく。この戦略の成否はシステムやサプライチェーンではなく、同社が「グリーンベスト」と呼ぶ従業員の専門知識と情熱にかかっている、というわけだ。
2. デジタル時代の最強の武器: 「グリーンベスト」という人的資本
テクノロジーが小売業界の標準装備となり、AIによる顧客対応が一般化する中で、REIはあえて「人間的なつながり」を競争戦略の核に据えている。その象徴こそが、店舗で緑色のベストを着用する従業員、通称「グリーンベスト」である。ロートンは、彼らを単なる販売員ではなく、「信頼できるアウトドアの専門家・ガイド」、すなわちREIが持つ最も価値ある独自の資産であり、「アウトドアへのヒューマンAPI」であると位置づける。
AIはデータに基づきコンバージョンを最適化できるが、ロイヤルティを構築する共感や情熱の共有を再現することは出来ない。グリーンベストは単なる取引ではなく、変革をもたらす。彼らは初めてキャンプに挑む初心者の不安に寄り添い、熟練の登山家と同じ確信をもって導くことができるのだ。この感情的な共鳴こそ、アルゴリズムでは決して越えられない参入障壁(Moat)であり、REIの強力なブランドロイヤルティの源泉となる。
また、REIの巧みさは、この人的資本を店舗内に留めるのではなく、デジタルプラットフォームへと戦略的に統合している点にある。
- 専門知識のコンテンツ化: グリーンベストが執筆した製品の推薦文(リコメンデーション)や、彼らが出演するハウツービデオをオンラインストアに掲載。顧客はECサイト上でも、信頼できる専門家のアドバイスに触れることが可能。
- キャンペーンでの活用: ホリデーシーズンなどの主要なキャンペーンにおいて、グリーンベストを主役に据え、彼らのおすすめ商品をフィーチャー。専門知識を前面に押し出すことで、プロモーションに信頼性と説得力をもたらす。
- 具体的な成果: これらの施策は、ブランドイメージの向上だけでなく、オンラインでのコンバージョン率向上という具体的なビジネス成果にも直結している。
さらに、REIは店舗を単なる商品を販売する場所としてではなく、「コミュニティセンター」や「アウトドア愛好家の拠点」として再定義する。この戦略により、店舗は顧客が集い、学び、つながるためのハブとなり、グリーンベストはその中心的な役割を担うのだ。
この人的資本の戦略的活用こそが、AI時代におけるREIの揺るぎない立ち位置を定義づけ、未来の成長を牽引する原動力となるだろう。
3. 未来への舵取り: AI、コミュニティ、そして持続可能な成長
REIの未来戦略を理解する上で、テクノロジー、顧客、そしてビジネスモデルの進化に対する同社のユニークなアプローチは極めて重要である。ロートンは、伝統を守りながらも、変化を恐れない柔軟なリーダーシップで未来への舵取りを行っている。
AIに対して、彼女は冷静かつ戦略的な視点を持つ。AIが在庫管理から顧客サービスまで、小売のあらゆる側面に革命的な影響を与えることを認めつつも、「AI自体が主要な差別化要因にはならない」と喝破する。なぜなら、優れたAI技術は、いずれ全ての小売業者がアクセス可能になるからだ。この見解は、テクノロジーを目的ではなく手段と捉える、成熟したデジタル戦略の証左である。REIはAIの導入競争に参加するのではなく、AIを「いかにして人間的なつながりを強化し、信頼を増幅させるか」という独自の問いに活用しようとしているのだ。
この思想は、REIの顧客戦略にも色濃く反映されている。同社は、二つの異なる顧客層に対して、絶妙なバランスでアプローチしている。
- コアなアウトドア愛好家(長年の顧客): ブランドの根幹を支える長年のファンに対しては、本格的な品揃えと専門性の高いサービスを提供し続けることで、その信頼と期待に応える。
- 新規のアウトドア参加者(コロナ禍以降に増加): パンデミックを機にアウトドア活動に目覚めた新しい層に対しては、よりアクセスしやすく、歓迎的な姿勢で迎え入れる。
この両輪戦略は、ブランドのDNAである「本物」の価値を維持しつつ、より多くの人々をアウトドアに導くというREIの企業ミッションそのものを体現している。
ビジネスモデルの進化においては、そのバランス感覚が際立っている。社内の旅行事業を財務的な理由で終了するという困難な決断は、一見すると顧客価値の低下に見えるが、REIは同時にアドベンチャートラベル大手のインテレピッド・トラベル(Intrepid Travel)と提携。これは、単なる穴埋めではなく、極めて戦略的な一手なのだ。旅行事業の運営に伴う複雑なオペレーションと資本投下を専門企業にアウトソースすることで、REIは自社のバランスシートをデリスク化しつつ、ブランドの中核的価値である「冒険」というライフスタイル提案を維持することに成功したと言える。これにより、顧客との高価値な関係性を保ちながら、よりスケーラブルで財務的に賢明な形で、ブランドの約束を果たし続けている。
ロートンがナイキ、セフォラ、アスレタといった多様なブランドで培ってきた経験こそが、この複雑な舵取りを可能にしていることは明らかだ。
信頼を紡ぐことが、最高のブランド戦略である
メアリー・ベス・ロートンが率いるREIの戦略は、デジタル化が加速する現代の小売業界において、企業が拠って立つべき本質的な価値とは何かを力強く示唆している。その核心から導き出される教訓は、以下の3点に集約される。
- 信頼こそが究極の差別化要因である:製品、価格、利便性での競争が限界に近づく中、顧客との間に築かれる「信頼」は、最も永続的で模倣困難な資産となる。REIのP28戦略は、全ての活動がこの信頼を醸成するために設計されている。
- 人的資本はデジタルで増幅される:テクノロジーは人間を代替するものではなく、その価値を増幅させるためのツールである。「グリーンベスト」の専門知識と情熱をデジタルプラットフォームに乗せることで、REIはオンラインとオフラインを融合した独自の顧客体験を創造している。
- 目的(パーパス)はビジネスの羅針盤である:困難な意思決定に直面した時、REIは常に「より多くの人々をアウトドアに導く」というミッションに立ち返る。この明確な目的が、短期的な利益に惑わされることなく、長期的な視点での戦略実行を可能にしている。
ロートンは、REIというユニークな協同組合モデルが持つ課題に対し、自身のキャリアで得た知見を処方箋として的確に適用する。ナイキで培った顧客中心主義で組織の視点を定め、セフォラで磨いた会員制度の知見で2500万人のコミュニティを再活性化し、アスレタで体現したミッションと価値観の一致を組織文化の進化へと繋げているのだ。
REIの挑戦は、すべての目的志向のブランドにとって、「信頼」と「人間性」こそが、不確実な未来を乗り越えるための最も確かな競争優位性であることを示す、力強い証明に他ならない。
Company Profile
株式会社ビーツ
ビーツは、スペースデザインと店舗デジタルソリューションを最適化するマーケティング企業。
クリエイティビティにデータやテクノロジーを組み合わせることで、リテールという最強の顧客接点で体験できるブランドエクスペリエンスを進化させ、生活者のリアルな感動・喜び・信頼を生み出す心地よい「共感」を創出している。
公式サイト
https://www.beeats.co.jp/
ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ファッション・ビューティー業界を専門に、人材、デジタルマーケティング、店舗代行など多様なソリューションを提供するグループ。
iDA、BRUSH、AIAD、AIAD LAB、フォーアンビション、VISUAL MERCHANDISING STUDIO、双葉通信社の7社の国内事業会社を擁し、シンガポール、オーストラリア、台湾、ベトナム、マレーシアの5カ国に海外拠点を展開。各社の専門性を掛け合わせたシナジーにより、顧客の課題に応じた実効性の高いソリューションを提供している。
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