共同編集:株式会社ビーツ/ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ライター:西村 幹太
AIの小売業への導入が「試験運用」の段階を超え、日々の業務に組み込み収益に直結させる段階へと移行しつつある。その具体像を示したのが「インパクト・アナリティクス(Impact Analytics)」と「ピッタロッソ・アンド・スカルペスカルペ(PittaRosso and ScarpeScarpe)」である。インパクト・アナリティクスは、商品計画と供給網の領域でAI製品群を提供する企業であり、ピッタロッソ・アンド・スカルペスカルペはその顧客にあたるイタリアのフットウェア小売企業だ。インパクト・アナリティクスの創業者兼CEOであるプラシャント・アグラワル(Prashant Agrawal)と、ピッタロッソ・アンド・スカルペスカルペの最高戦略責任者であるバレンティナ・ラバーテ(Valentina Labate)が登壇し、AIを単なる技術導入ではなく”意思決定の基盤”として位置づける実践的な取り組みを語った。
従業員1,000人のAI専業企業が提供する製品群
インパクト・アナリティクスは、機械学習とAIを基盤に設立された従業員1,000人規模の企業である。アグラワルはコロンビア・ビジネス・スクール(Columbia Business School)で小売業のAI活用について教える人物でもあり、同社はフォーチュン誌の「最も革新的な企業」リストにも選出されている。ファッション、アパレル、宝飾、食品を含む60以上の大企業を顧客に持ち、商品計画から供給網管理までを網羅するAI製品を提供している。
具体的には、需要予測を担う「PlanSmart」、品揃えの幅と深さを管理する「AssortSmart」、欠品対策の「InventorySmart」、基本価格・販促価格・値下げ価格を最適化する「PriceSmart」の4製品で構成される。これに加え、データ過多による意思決定の停滞を解消するツール「MondaySmart」(現在は「CortexEye」に改称)を提供しており、導入期間はわずか8週間だという。
データは十分にあった。足りなかったのは”焦点”と”速度”である
では、こうしたAI製品は、現場でどのように活用されているのか。
ピッタロッソ・アンド・スカルペスカルペには、在庫、価格、利益率といったデータは豊富に存在していた。しかし、意思決定に必要な”焦点”、”明確さ”、そして”速度”が欠如していたとラバーテは振り返る。データの準備作業に時間を費やすあまり、実際の判断と行動に集中できていなかったのだ。この課題は、多くの小売企業に共通する構造的な問題でもある。
同社がAIに求めたのは、”何が起きたか”を示すだけでなく、”なぜそうなったか”を解明する力だった。インパクト・アナリティクスのMondaySmartは、データを解釈し、重要な情報を抽出し、具体的な行動を提案し、その根拠まで説明する。この点が導入の決め手になったと同社は評価している。
技術の導入ではない。組織の変革管理である
しかし、ツールを導入しただけでは組織は変わらない。ラバーテが強調したのは、AI導入の本質が技術の実装ではなく、組織全体の行動変容にあるという点である。MondaySmartの導入は、人々の行動様式と会議における”会話の質”そのものを変える変革管理のプロジェクトとして推進された。
その成果は複数の側面に現れている。まず、データの正確性を検証する作業が不要となり、チームが意思決定そのものに時間を割けるようになった。この効率化が生んだのは、単なる時間の節約ではない。それまで異なる事業モデルで運営されていた異なるブランドの間に、共通の意思決定言語が生まれたのである。業績評価の基準や議論の前提が統一されたことで、ブランド間の連携が初めて実質的なものとなった。
さらに、問題やKPI(重要業績評価指標)の逸脱が即座に可視化されることで、本質的な課題と単なるデータ上の”ノイズ”を識別する分析の質も向上した。変動の激しい小売環境において、一貫性があり、迅速で、状況に応じて修正できる意思決定を実現するために、AIは不可欠な基盤となりつつある。
導入初日から全社の標準に。抵抗を乗り越えた設計思想
では、こうした全社的な浸透は、どのようにして実現されたのか。経験豊富なスタッフからの初期的な抵抗に対し、同社は導入初日からツールを全社標準とし、業績に関する議論の共通基盤に据えるアプローチを採った。
現在、同ツールは仕入れ部門の品揃え分析、小売部門の店舗別KPI管理、取締役会での報告に至るまで、全部門で日常的に活用されている。統合された対話型の質問応答機能により、迅速に回答が得られることも、AIが”人を代替するもの”ではなく”人と協働するもの”だという認識の浸透に寄与したという。
ラバーテはAI導入を検討する企業に対し、3つの指針を示した。第一にAIを技術の選択ではなく事業課題の解決策として捉えること。第二にその解決策が自社の”事業の言葉”で語れるものであること。第三に投資家が求める具体的な投資対効果を提示できること。小売業は”科学に支えられた技芸”であり、AIはその科学的側面を強化する存在だと同氏は位置づけている。
CortexEye、”次の段階”としての全社データ統合基盤
インパクト・アナリティクスは、MondaySmartを「CortexEye」に改称し、機能を拡張している。CortexEyeの核は、構造化されたデータと非構造化データ(メール、会議記録、販促データ、さらには天候やSNS上の流行といった外部情報)を一か所に集約する全社的なデータ統合基盤という概念である。
従来の分析ツールとの違いは3つある。第一に、「何が起きたか」「なぜか」「どうすべきか」を追加の質問付きで問える対話型の案内機能。第二に、質問の文脈を理解し、商品計画担当や店舗運営担当など職務に応じた回答を返す意味解析と知識体系の仕組み。第三に、インターネット全体を検索することなく、自然言語で要約・診断・調査を提供する、小売業に特化した専用の小規模言語モデルである。
信頼性の面では、AIが誤った情報を生成する、いわゆる”ハルシネーション”を抑制し、誰が質問しても一貫した回答を返す確定的な出力を重視している。AIが想定外の動作をする”暴走”を防ぐ企業向けの安全機能も備える。今後は、毎週月曜朝に主要な経営指標をまとめた音声配信機能の実装も予定されている。
問われているのは、AIの有無ではなく”定着させる覚悟”である
インパクト・アナリティクスが示したのは、AIを”試す”段階を超え、日常の業務に組み込み、収益へと直結させるための具体的な方法論である。技術を導入するのではなく、意思決定の質と速度を変える基盤としてAIを設計する。ピッタロッソ・アンド・スカルペスカルペの事例が明らかにしたのは、その転換が組織文化の変革と不可分であるという現実だ。AIを自律的に判断・行動させるエージェンティックAIが小売業の共通言語となりつつあるいま、問われているのは技術の有無ではなく、それを意思決定の基盤として定着させる組織の覚悟にほかならない。
Company Profile
株式会社ビーツ
ビーツは、スペースデザインと店舗デジタルソリューションを最適化するマーケティング企業。
クリエイティビティにデータやテクノロジーを組み合わせることで、リテールという最強の顧客接点で体験できるブランドエクスペリエンスを進化させ、生活者のリアルな感動・喜び・信頼を生み出す心地よい「共感」を創出している。
公式サイト
https://www.beeats.co.jp/
ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ファッション・ビューティー業界を専門に、人材、デジタルマーケティング、店舗代行など多様なソリューションを提供するグループ。
iDA、BRUSH、AIAD、AIAD LAB、フォーアンビション、VISUAL MERCHANDISING STUDIO、双葉通信社の7社の国内事業会社を擁し、シンガポール、オーストラリア、台湾、ベトナム、マレーシアに海外拠点を展開。各社の専門性を掛け合わせたシナジーにより、顧客の課題に応じた実効性の高いソリューションを提供している。
Copyright © 2026 Oui Speak Fashion. All rights reserved.