共同編集:株式会社ビーツ/ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ライター:柏木又浩
1月12日(現地時間)、ニューヨークで開催された世界最大級の小売業界「NRF リテールズ・ビッグ・ショー 2026(NRF Retail’s Big Show 2026)」カンファレンスは、業界が直面する二つの巨大な潮流、すなわち「Z世代のインサイト」と「AIの活用」を巡る熱気に満ちていた。無数のセッションや議論が交わされる中、最も価値ある知見は、未来の業界を担うZ世代自身の声から直接得られるものであったことは疑いようがない。
本レポートは、NRF財団の学生プログラムに参加する、米国の主要大学から選ばれた優秀な大学生4名によるパネルディスカッション「The Z Suite Meets the CMO」から得られたインサイトを抽出し、Z世代という複雑なターゲットを理解するための戦略的プレイブックとして再構築するものである。彼らのフィルターのかかっていない生の言葉は、データが示すトレンドの背景にある「なぜ」を解き明かし、次世代市場で勝利するための明確な指針となるだろう。
1. 新時代の信頼性:なぜUGCは従来型インフルエンサーに勝るのか
現代のデジタルマーケティングは、大きな転換点を迎えている。かつて主流だった、完璧に作り込まれた広告やトップインフルエンサーによる洗練されたキャンペーンから、ユーザー自身が主導するオーセンティック(本物)なコンテンツへと、その重心は急速に移行している。この変化の最前線にいるのがZ世代であり、彼らがブランドに求める「信頼性」の基準は、従来の手法を根底から覆しつつある。
パネルディスカッションで強調されたのは、Z世代がソーシャルメディア上のスポンサーコンテンツに対して抱く根深い懐疑心と、それとは対照的なUGC(ユーザー生成コンテンツ)への強い信頼である。
- スポンサーコンテンツへの不信感: マリストン大学のKaylinは、スポンサー投稿に付きまとう「本物らしさの欠如」を的確に指摘した。Z世代は、それが広告なのか、それとも心からの推奨なのかを瞬時に見抜く鋭い感覚を持っている。過度に演出されたコンテンツは、共感どころか、むしろブランドからの距離を感じさせる要因となりかねない。
- UGCの価値: 一方で、FiatでUGCプログラムと編集の責任者を務めるJoy Navarroは、UGCを「消費者が自然に時間を過ごす場所に届く、自然発生的なマーケティングチャネル」と表現した。友人や自分と似た価値観を持つ一般ユーザーが発信するコンテンツは、商業的な意図を感じさせず、リアルな体験に基づいているからこそ信頼される。この信頼が、ブランドと消費者の間に強固なつながりを築く土台となる。
このトレンドは、ファッションブランドにマーケティング戦略の抜本的な見直しを迫る。もはや一方的にメッセージを発信するのではなく、顧客が主役となるコミュニティを育成し、彼らが自発的にブランドについて語りたくなるような体験を提供することが不可欠だ。
さらに、信頼できる情報チャネルはUGCだけではない。パネルではオーディオコンテンツへの強い反応性も指摘された。IABの調査によれば、店内のオーディオ広告を聞いた消費者の60%が購入を検討し、58%が実際に購入に至っているという。これは、視覚情報が飽和状態にある中で、聴覚に訴えるコンテンツが新たな信頼のチャネルとなり得る可能性を示唆している。
UGCを通じて個人の「本物」の声を求めるこの傾向は、企業そのものにも向けられる。彼らは、製品を推奨するユーザーと同じように、ブランド自体にも一貫した価値観と「本物」の姿勢を求めているのだ。信頼性の追求は、Z世代がテクノロジー、特にAIに求める体験の質にも直結している。
2. 実用主義のAI:Z世代が描く、よりスマートなショッピング体験
Z世代とAIの関係性を語る上で重要なのは、彼らがこのテクノロジーを単なる目新しいギミックとしてではなく、ショッピング体験を本質的に向上させるための実用的なツールとして捉えているという点だ。学生たちが提示した以下の事例は、Z世代がAIに求める価値が「効率化」と「パーソナライゼーション」という二つの軸に集約されることを明確に示している。
| AI活用事例 | Z世代が評価する価値 |
| パーソナライズされた体験 (Fiatの事例) | 消費者が本当に求めているものを、膨大な選択肢の中から的確かつ効率的に見つけ出してくれる能力。 |
| 単調な作業の自動化 | 在庫管理やデータ入力といった反復作業から解放され、人間がより創造的・戦略的な業務に集中できる時間とリソースを創出する。 |
| ビジュアル検索技術 | 街で見かけた商品を写真に撮るだけで、オンラインストアのカートに直接追加できる。顧客の「欲しい」という瞬間を逃さない利便性。 |
| 商品要約機能 (Amazonの事例) | 数百件に及ぶレビューや商品説明から要点を瞬時に抽出し、忙しい中でも賢い購買決定を可能にする効率化機能。 |
一方で、彼らは課題も冷静に見据えている。特に、大都市以外ではAIを活用した高度なショッピング機能へのアクセスが依然として限られているという地理的な格差は、業界全体で取り組むべき問題として提起された。
これらのインサイトから導き出されるのは、リテール企業がAIを導入する際に直面する中心的な問いである。「人間の要素を維持しつつ、いかにして顧客体験を効率化し、パーソナライズできるか」。Z世代は、AIがもたらす利便性を歓迎する一方で、人間ならではの温かみや専門的なアドバイスが失われることを望んでいない。成功の鍵は、テクノロジーと人間の強みを融合させるハイブリッドなアプローチにある。
しかし、AIによって最適化されたデジタル体験は、Z世代の複雑な購買プロセスの一部に過ぎない。彼らが最終的に購入を決断するまでの道のりは、さらに多層的である。
3. ハイブリッドな購買の旅:購入に至るまでの道のりを解読する
Z世代の購買行動を理解する上で最も重要な概念の一つが、それが単一のチャネルで完結することは稀であり、オンラインとオフラインをシームレスに行き来する「ハイブリッドな旅」であるという点だ。この複雑な道のりを解読することは、適切なタイミングで適切なメッセージを届けるための戦略的な必須要件となっている。
パネルディスカッションで明らかになった、Z世代の典型的な購買プロセスは以下のステップで構成される。
- 発見 (Discovery): 旅の起点は、多くの場合ソーシャルメディアである。しかし、彼らが注目するのはトップセレブリティではない。自分とライフスタイルや価値観が近い、共感できるインフルエンサーからの口コミや、信頼できる友人からのレビューが、新たな商品への興味を掻き立てる最初のトリガーとなる。
- 調査 (Research): 興味を持った商品は、すぐに購入されるわけではない。次に、ブランドの公式ウェブサイトや第三者のレビューサイトを訪れ、製品の詳細、ブランドの背景、他の消費者の評価などを徹底的に調べる。この段階で、ブランドとしての信頼性が厳しく吟味される。
- コンバージョン (Conversion): 意外にも、Eメールマーケティングは依然として強力なコンバージョン促進手段として機能している。さらにパネリストたちは、注文履歴やカート情報といった行動データに基づいたパーソナライズSMSが、顧客の背中を押すための極めて効果的な手段となり得ると提案した。
- 最終確認 (Final Confirmation): 驚くべきことに、このデジタルな旅を経た後でも、多くの消費者が最終的な購入決定のために物理的な店舗を訪れる。オンラインで得た情報を、実物を見て触って確かめたいという欲求が、依然として強く存在しているのだ。
このプロセスにおいて特筆すべきは、「繰り返し製品に触れることで、たとえその場で購入意図がない店舗訪問時であっても、将来的な購入の可能性が高まる」という潜在的なソーシャルメディアの影響力である。デジタル空間でのブランドとの接触は、無意識のうちに顧客の記憶に刷り込まれ、物理空間での購買行動へと結びついていくのである。
では、この購買の旅の最終段階で、なぜ実店舗での体験が依然としてこれほど決定的な役割を果たすのだろうか。
4. 実店舗の揺るぎない価値:五感と感情が動かす購買意欲
セクション3で詳述したハイブリッドな購買の旅が最終的に物理店舗へと収束する理由は、そこがデジタルの情報収集を確信へと変える、五感と感情の「最終検証の場」だからである。デジタルネイティブであるZ世代にとって店舗とは、単に商品を購入する場所ではない。それは、オンラインでは決して再現不可能な体験のハブなのだ。
Z世代が実店舗に求める、オンラインでは得られない本質的な価値は、主に以下の3つの要素に集約される。
- 五感を刺激する触覚体験: 画面越しでは伝わらない、生地の質感に直接触れ、製品の重さを感じ、そして実際に試着してみるという体験。この「触覚」を通じた情報収集は、特にファッションにおいて、購入の確信を得るための不可欠なプロセスである。
- 人間的な交流と感情的なつながり: 知識豊富な店舗スタッフとの何気ない対話が、製品への理解を深め、ブランドへの親近感を育む。パネリストが挙げたGlossierの成功事例が示すように、フレンドリーで専門性の高いスタッフとのポジティブな交流は、単なる接客を超え、顧客の感情を動かし、購買意欲を大きく高める。
- 社会的な体験と即時性: 友人と一緒に買い物をし、互いに意見を交わしながら選ぶプロセスは、それ自体が楽しいエンターテインメントであり、購入に対する社会的な承認をもたらす。さらに、購入した商品をその場で手に入れ、すぐに使えるという「即時満足感」は、オンラインショッピングの待ち時間とは比較にならない強力な魅力である。
これらに加え、レジ横に陳列された商品への「販売時点での衝動買い」の機会も無視できない。デジタルへの投資と並行し、物理店舗を「体験ハブ」として再定義する戦略的投資を継続することが、ブランドにとって不可欠な差別化要因となる。
店舗でのポジティブな体験は、ブランドへのロイヤルティを深めるが、その根底にはブランドが示す価値観への共感が不可欠である。Z世代の消費は、体験の質とブランドの姿勢、その両輪によって駆動されているのだ。
5. 価値観という新たな通貨:企業の真摯な姿勢が問われる時代
現代の消費、特にZ世代の購買行動を語る上で、もはや避けて通れないのが「価値観」という要素だ。彼らにとって、商品やサービスの機能的価値は、購買を決定する上での一つの側面に過ぎない。それと同じか、あるいはそれ以上に重要なのが、ブランドがどのような価値観を持ち、社会に対してどのようなスタンスを取っているかということである。
この潮流を象徴する、極めて重要なデータがパネルで共有された。
Z世代の消費者の76%が、購入前にブランドの価値観が自分と一致するかどうかを調べている。
この統計は、すべてのブランドにとって無視できない警鐘だ。これは、今後のブランドエクイティが、製品の品質だけでなく、企業の倫理的資本(Ethical Equity)によって大きく左右される未来を示唆している。Z世代は、自分たちのお金が、自分たちの信じる価値観を体現する企業に投じられることを望んでいるのだ。彼らが企業に求めるのは、単なる見せかけのキャンペーンや一時的な社会貢献活動ではない。サステナビリティ、ダイバーシティ&インクルージョン、倫理的な労働慣行といった課題に対し、ブランドのあらゆる行動と発信するメッセージが一貫している「真摯な社会的責任」である。
この価値観に基づいた消費行動は、一過性のトレンドではない。それは、ブランドと顧客の間に、より深く、長期的な関係を築くための新たな基盤となる。自社の価値観を明確に示し、行動でそれを証明するブランドは、価格や機能だけでは得られない強固なロイヤルティを獲得することができるだろう。
Z世代の価値観を理解することは、単なるマーケティング戦略の次元にとどまらない。彼らは未来の消費者であると同時に、未来の従業員でもある。彼らのインサイトは、業界全体の未来を担う人材育成の観点からも不可欠なのだ。
次世代の声に耳を傾け、リテールの未来を共創する
本レポートで深掘りしてきたNRF財団の学生たちとの対話は、Z世代がリテール業界にもたらす変革の核心を浮き彫りにした。結論として、Z世代とのエンゲージメントは、もはや単一のマーケティング戦術の問題ではない。それは、信頼性(UGC)、実用性(AI)、経験(店舗)、そして倫理観(価値観)という4つの柱を統合した、全社的な経営課題なのである。
パネリストの一人、FiatでUGCプログラムと編集の責任者を務めるジョイ・ナヴァロ(Joy Navarro)がセッションの最後に語った「10〜15年後にメンターとしてNRFに戻り、恩返しをしたい」という言葉は、非常に示唆に富んでいる。NRF財団のようなプログラムが、単にスキルを教えるだけでなく、次世代のリーダーとしての責任感と情熱を育み、業界全体の持続的な発展に不可欠な人材のサイクルを生み出していることの証左だ。
小売業界の未来は、Z世代を単なる分析対象の消費者として捉えるのではなく、業界の未来を共に創るパートナーとして、彼らの声に真摯に耳を傾け、対話し、そのインサイトを事業のあらゆる側面に反映させていくことにかかっている。彼らのリアルな洞察こそが、不確実な時代を乗り越え、次の成長を掴むための最も信頼できる羅針盤なのである。
Company Profile
株式会社ビーツ
ビーツは、スペースデザインと店舗デジタルソリューションを最適化するマーケティング企業。
クリエイティビティにデータやテクノロジーを組み合わせることで、リテールという最強の顧客接点で体験できるブランドエクスペリエンスを進化させ、生活者のリアルな感動・喜び・信頼を生み出す心地よい「共感」を創出している。
公式サイト
https://www.beeats.co.jp/
ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ファッション・ビューティー業界を専門に、人材、デジタルマーケティング、店舗代行など多様なソリューションを提供するグループ。
iDA、BRUSH、AIAD、AIAD LAB、フォーアンビション、VISUAL MERCHANDISING STUDIO、双葉通信社の7社の国内事業会社を擁し、シンガポール、オーストラリア、台湾、ベトナム、マレーシアの5カ国に海外拠点を展開。各社の専門性を掛け合わせたシナジーにより、顧客の課題に応じた実効性の高いソリューションを提供している。
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