共同編集:株式会社ビーツ/ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ライター:柏木又浩
次世代消費者理解の最前線
リテール業界の多くがZ世代とα世代という不可解な存在に未だ麻痺している一方で、NRF 2026は、未来を読み解くだけでなく、積極的に未来を共創している一つのブランドを白日の下に晒した。カリフォルニア発の若者向けファッションセレクトショップ「パクサン(Pacsun)」の最新戦略は、単なる新たなユースマーケティング・キャンペーンではない。それは、ブランド、クリエイター、そしてカルチャーの関係性を根本から再構築する試みである。本稿は、ファッションビジネス誌「Oui Speak Fashion」の読者の皆様に向けて、この難題に対する一つの光明として提示された「パクサン」の先進的な取り組みを深掘りする戦略分析レポートである。
分析の基盤となるのは、2026年1月11日に開催されたセッション「An in-depth look at new Gen Z research」。The Business of Fashionのシニアコレスポンデントであるシーナ・バトラー=ヤング(Sheena Butler-Young)がモデレーターを務め、パクサンのCEO、ブリアン・オルソン(Brieane Olson)が登壇したこのセッションでは、同社が実施した大規模な消費者調査から得られた、業界の常識を覆すインサイトが共有された。

多くのブランドが若者世代の表面的なトレンドを追いかけることに終始し、その本質的な行動や価値観の変化を見過ごしている。しかし、パクサンの戦略が示唆するのは、データに基づいた深い理解を事業戦略の核に据えることでしか、真のエンゲージメントは生まれないという厳然たる事実である。本稿ではまず、その核となるインサイトを解き明かすことから始めたい。
1. Z世代とα世代のインサイト:ステレオタイプを超えるPacsunの独自調査
次世代消費者とのエンゲージメントの第一歩は、ステレオタイプを破壊することにある。この原則を実践すべく、パクサンはグローバル データ(Global Data)社と提携し、6,000人の若者を対象とした大規模調査「Pacsun Youth Report」を実施した。この調査の目的は、表面的なトレンドの奥にある行動や感情の深い変化を捉え、ブランド戦略の羅針盤とすることにある。
世代間の決定的な違い
調査が明らかにしたのは、Z世代とα世代が、ひと括りに「若者」として語られるべきではない、明確な違いを持つ世代であるという事実だ。
- 意思決定の主体: Z世代の32%が、購買の意思決定において「自分自身」が最大の影響源であると回答した。これは自己の価値観を確立し、それに従って行動する世代の特徴を示唆している。一方、α世代はまだ形成期にあり、外部からの影響をより受けやすい。
- テクノロジーとの関係: α世代は単なる「デジタルネイティブ」ではない。彼らは「AIネイティブ」と定義されるべきだ。絶え間ない変化、インフレ、社会的な混乱が常態である世界で成長する彼らの価値観は、結果として従来のブランドへの忠誠心を低下させ、文化的にはより柔軟な思考を持つ傾向にある。
共通する消費行動と逆説
一方で、両世代にはリテール戦略を構築する上で極めて重要な共通点も存在する。
- オンライン消費と価値志向: 若者の57%が衣料品予算の40%以上をオンラインで消費し、56%が常に最良の取引(the best deal)を探すという事実は、デジタルが主戦場であり、経済的合理性が重視されることを裏付ける。
- フィジカルへの回帰という逆説: しかし、最も注目すべきは逆説的なトレンドである。デジタルが主流であるにもかかわらず、過去2年間で両世代は体験を求めてショッピングモールに回帰している。これは単なる「体験」への渇望ではない。彼らは「everywhere, all the time, always on(どこにでも、いつでも、常に接続されている)」環境で生きており、ブランドにはオンラインとオフラインをシームレスに繋ぐ一貫した存在感を期待しているのだ。
このフィジカルへの回帰は、後述するメンタルヘルスの課題と深く結びついていると解釈できる。それは、過度にデジタル化された世界における、本物のコミュニティと繋がりを求める一種の「集合的な自己ケア」の現れなのかもしれない。
最重要課題としてのメンタルヘルス
パクサンの調査が突き止めた最も重要なインサイトは、若者にとってメンタルヘルスが、身体的健康や学業成績よりも優先される最重要事項であるという事実だ。オルソンはこれを単なる不安の表れとしてではなく、「自己認識の高まり」と前向きに捉えている。
このインサイトに対し、パクサンは真摯なアクションで応えている。体操選手のシモーネ・バイルズ(Simone Biles)とのパートナーシップはその象徴だ。自身のメンタルヘルスに関する経験をオープンに語る彼女とのコラボレーションでは、収益の一部がメンタルヘルス支援団体に寄付されるデニムコレクションを展開。これは単なるマーケティング施策ではなく、ブランドがコミュニティの最重要課題に寄り添うという、本物の姿勢を示すものである。
これらの詳細なインサイトは、単なる調査結果に留まらない。次に、この深い理解がの具体的な事業戦略、特に「Community Hub」という哲学にどう結びついているのかを探る。
2. 戦略的回答としての「Community Hub」:共創エコシステムの構築
データから得られた深いインサイトを、ブランドはいかにして具体的なアクションに昇華させるべきか。この問いに対するパクサンの回答が、ブランド哲学を体現した「Community Hub」だ。これは単なるアプリではなく、従来のクリエイターエコノミーが抱える「搾取」の構造に対する、根本的なアンチテーゼである。
「搾取」から「エンパワーメント」への転換
Community Hubの根底にあるのは、クリエイターとの関係性を再定義するという強い意志である。従来のクリエイターエコノミーは、しばしば「トランザクション的で、指標主導型で、クリエイターを代替可能なメディアチャネルとして扱う」搾取的なモデルに陥りがちだった。12ヶ月前のNRFでも、一部のソーシャルコマースプラットフォームの持続可能性への懸念が提起された。
パクサンはこの教訓から学び、「クリエイターを搾取するのではなく、彼らに力を与える(エンパワーメント)」という思想を設計の中心に据えた。これは、クリエイターのパーソナルブランドの価値と、パクサンのブランド価値が連動して成長する「共有された成功のエコシステム」へのラディカルなシフトを意味する。
徹底された「包括性」という革命
このプラットフォームが従来のモデルと一線を画す最大の特徴は、その徹底した「包括性(Inclusivity)」にある。
- フォロワー数の要件を撤廃: 多くのプラットフォームが最低5,000人といったフォロワー数を参加条件とする中、パクサンはこれを完全に撤廃した。フォロワーが250人でも2,500万人でも、全てのクリエイターを歓迎する。このアプローチは単に包括的であるだけでなく、α世代がコンテンツ制作を通じて早期に収入を得ようとする「ハスラー世代」であるというインサイトへの、極めて戦略的な対応である。パクサンは、受動的な消費者を能動的なブランドの伝道者兼収益獲得者へと転換させるためのインフラを構築しているのだ。
- 提供される具体的な価値: 参加者には、アフィリエイト報酬やコンテンツの所有権、そしてパクサン・チームと直接連携し、将来的には共同で製品を開発する可能性といった、彼らの成長に直結する価値が提供される。
成功指標の再定義
このプラットフォームの先進性は、成功指標にも表れている。パクサンは、ユーザー数や収益目標といった従来のビジネス指標を追わない。成功の尺度は、質的なコミュニティからのフィードバックそのものだ。「このプラットフォームは、私たちのパーソナルブランド構築を本当に支援してくれているか」。この問いへの答えこそが、唯一のKPIなのである。
3. 未来のリテールに向けた提言:Pacsunが示すブランド戦略の新たな羅針盤
パクサンの事例から我々が学ぶべきは、模倣可能な戦術ではなく、あらゆるブランドが応用できる普遍的な戦略的原則である。ここでは、その核心を4つの原則として抽出・分析する。
原則1:ソーシャルリスニングから共創(Co-Creation)へ
次世代との真の関係構築は、彼らの声を「聞く」だけでは不十分だ。オルソンが提唱するのは、「消費者を意思決定の場に積極的に参加させる」という、より能動的なアプローチである。これを具現化したのが、13歳から24歳の若者が経営陣の意思決定に直接意見を反映させる「Youth Advisory Council」だ。これは、若者を単なる消費者としてではなく、ブランドの未来を共に創るパートナーとして迎え入れるという、真の「共創」の姿勢を示している。
原則2:トレンドからカルチャーインテグレーションへ
パクサンのパートナーシップ戦略は、一過性のトレンドを追うのではなく、ブランドのミッションに深く根ざしている。メトロポリタン美術館(3年間)、フォーミュラワン(4年間)、LAFC(8年間)といった長期的な関係性は、戦略的な投資である。このアプローチは、ブランドへの忠誠心が低いとされる「AIネイティブ」世代の心に響く。なぜなら、 fleeting(つかの間の)コラボレーションでは決して築けない、時間を通じた信頼と文化的な信頼性を構築するからだ。
原則3:チャネルからエコシステムへ
パクサンは2019年からライブストリーミングに注力し、ソーシャルコマースの売上は過去1年で倍増、今後さらなる倍増が見込まれる。この成長は、α世代が「ハスラー世代」であるというインサイトと直結している。彼らにとってソーシャルコマースは単なる販売チャネルではない。自己表現と収益化が融合した、極めて文化的な活動の場なのである。パクサンは販売チャネルではなく、この活動を支えるエコシステムを提供している。
カルチャー資本からグローバル展開へ
この戦略の有効性を証明する究極の事例が、同社のグローバル展開だ。中東(UAE)への進出(4月に1号店、7月にドバイモールに2号店)は、アブダビでのF1パートナーシップが直接的なきっかけとなった。これはパクサンの戦略そのものである。長期的で本物の文化的パートナーシップ(F1)が、新地域への信頼の架け橋を築き、商業的な拡大(UAE出店)を直接可能にしたのだ。カルチャーはマーケティング費用ではなかった。それは、グローバル成長のための研究開発(R&D)だったのである。
次世代との共生を目指すリテールの未来像
NRF 2026でパクサンが示したビジョンは、単なる一企業の成功事例に留まらない。それは、Z世代・α世代との関係構築に苦悩するリテール業界全体に対する、力強く希望に満ちたメッセージだ。商品を一方的に売る時代は終わり、次世代消費者といかにして「共生」していくかが問われる新時代が到来したことを告げている。
本稿で分析したパクサンの戦略から、すべてのブランドが学ぶべき核心的な教訓は、以下の3つの原則に集約できる。
- 深いインサイトの追求 表面的なトレンド分析から脱却し、世代間の微妙な違いや、メンタルヘルスといった共通の根源的な価値観をデータに基づいて深く理解すること。
- 共創エコシステムの構築 クリエイターや消費者を「搾取」の対象ではなく「共創」のパートナーとして定義し、彼らの成功を自社の成功と捉える思想を持つこと。フォロワー数などの壁を取り払い、誰もが参加できる包括的な場を提供すること。
- 本質的なカルチャーとの接続 一過性のコラボレーションではなく、ブランドのミッションに根ざした長期的な文化連携を築くこと。それこそが、世代を超えた真のエンゲージメントとビジネス成長の源泉となること。
最後に、ブリアン・オルソンがセッションで語った言葉を記したい。
「若い世代に対して批判的な態度を取るのではなく、共に議論の場に迎え入れるべきです。」
あなたのブランドは、聞くために組織されているのか、それとも共創するために組織されているのか? あなたのコミュニティを、その規模で測るのか、それともその成功で測るのか? パクサンが提示したのは、地図ではない。羅針盤だ。そしてその針が指し示すのは、ブランドが次世代にモノを売るだけでなく、彼らと「共に」未来を築く未来である。
Company Profile
株式会社ビーツ
ビーツは、スペースデザインと店舗デジタルソリューションを最適化するマーケティング企業。
クリエイティビティにデータやテクノロジーを組み合わせることで、リテールという最強の顧客接点で体験できるブランドエクスペリエンスを進化させ、生活者のリアルな感動・喜び・信頼を生み出す心地よい「共感」を創出している。
公式サイト
https://www.beeats.co.jp/
ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ファッション・ビューティー業界を専門に、人材、デジタルマーケティング、店舗代行など多様なソリューションを提供するグループ。
iDA、BRUSH、AIAD、AIAD LAB、フォーアンビション、VISUAL MERCHANDISING STUDIO、双葉通信社の7社の国内事業会社を擁し、シンガポール、オーストラリア、台湾、ベトナム、マレーシアの5カ国に海外拠点を展開。各社の専門性を掛け合わせたシナジーにより、顧客の課題に応じた実効性の高いソリューションを提供している。
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