NRF 2026 レポート⑻:アルタ ビューティが描く「エージェンティック・コマース」時代の勝利の方程式

NRF
共同編集:株式会社ビーツ/ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ライター:柏木又浩

AIが小売業の未来を再定義する

2026年1月、ニューヨークで開催された全米小売業協会(NRF)の年次総会において、業界の未来を左右する最大のテーマとして「エージェンティック・コマース」が浮上した。AIエージェントが消費者に代わって購買決定を行うこの新しい潮流は、もはや遠い未来のコンセプトではなく、すべての小売業者が直面すべき喫緊の課題だ。

その喧騒の中、ビューティーリテール大手の「アルタ ビューティ(Ulta Beauty)」とマーケットプレイスプラットフォームの「ミラクル(Mirakl)」によるセッション「Winning in the Agentic Era」は、他のプレイヤーに対する挑戦状とも言える、具体的かつ実践的な戦略の「プレイブック」を白日の下に晒し、満員の聴衆からひときわ大きな注目を集めた。

本稿では、アルタ ビューティのSVPであるジョシュ・フリードマン(Josh Friedman)と、ミラクルの最高データ&AI責任者であるアン=クレール・バシェ(Anne-Claire Baschet)の議論を基に、エージェンティック・コマース時代に小売業者が直面する課題と、そこに潜む巨大な機会を解き明かしていく。

1. 迫り来る津波:「エージェンティック・コマース」という新たな現実

多くの小売業者にとって、エージェンティック・コマースはまだ漠然とした未来のビジョンかもしれない。しかし、セッションで示されたデータは、それがすでに消費者の購買行動に深く浸透している「現在の脅威であり機会」であることを冷徹に突きつけている。バシェは、この地殻変動の規模を示す衝撃的なデータを提示した。

  • 60%の買い物客がAIを利用:すでに消費者の過半数が、購買プロセスのいずれかの段階でAIを活用している。これは、顧客の意思決定プロセスが根本的に変化し始めていることを意味する。
  • AIプラットフォームの急成長:ChatGPTとその競合サービスは、わずか2年間で50億回の訪問を記録。これはグーグル(Google)のエコシステム全体のトラフィックの半分に相当する規模であり、消費者の情報収集の場が急速にシフトしていることを示唆している。
  • 巨大な市場予測:AIコマースの市場規模は、2030年までに米国で1兆ドル、世界全体では3兆~5兆ドルに達すると予測されている。この巨大な経済圏にどう関与するかが、企業の将来を決定づける。

「エージェンティック・コマース」とは、Chat GPTやGoogle GeminiのようなAIエージェントが、消費者に代わって能動的に商品を比較検討し、最適な選択肢を提案、さらには購買まで実行する時代の到来を意味する。この新しいエコシステムにおいて、小売業者はAIエージェントから「選ばれる」存在にならなければならない。それは、「適応か、さもなくば不可視となるか(adapt or risk becoming invisible)」という、極めて厳しい二者択一の現実だ。

では、この巨大な変化の波を乗りこなし、勝者となるための具体的な戦略とは何か。アルタ ビューティの先進的な取り組みが、その答えを指し示している。

2. アルタ ビューティの先見性:「デジタル・メザニン」は単なる棚ではない

アルタ ビューティが描く未来の設計図は、単なるAIツールの導入に留まらない、より構造的で野心的なアプローチだ。このセクションでは、彼らの戦略を解剖し、それが他の小売業者にとって実行可能なモデルとなり得る理由を明らかにする。

戦略の第一歩は、ミラクルとの提携によるマーケットプレイスの成功にある。アルタ ビューティは、誰でも出店できるオープンな形式ではなく、ブランドを厳選する「選択的な招待制」アプローチを採用した。これは単なる選択ではなく、ブランドの信頼性と品質が生命線であるビューティー業界における戦略的必須条件だ。

このキュレーションされた環境は、ブランドイメージを維持しながら品揃えを拡充するだけでなく、AIエージェントに対して「ここにある商品は信頼できる」という強力な品質シグナルを発信する。これにより、マーケットプレイスは単なる商品棚から、ブランド構築とAI最適化を両立させる強力なツールへと昇華されている。

この成功を基盤に、チーフ・マーチャンダイジング・オフィサーのローレンが提唱したのが「デジタル・メザニン」という戦略的コンセプトだ。これは、物理的な店舗の棚(シェルフ)とデジタルの無限の棚(エンドレスアイル)の中間に位置する概念であり、その真の狙いは、「コアカテゴリーを超えて隣接分野へと意図的に拡大し、豊富な品揃えとそれに付随する質の高いコンテンツを通じて、将来のAIコマースに備える」ことにある。

この戦略が決定的に重要な理由は、AIエージェントが「情報」を糧に機能するからだ。セッションで示された分析によれば、「マーケットプレイス製品はユーザーの意図に基づく検索の50%に登場する」。品揃えの幅広さが、AIによる会話や検索の関連性を劇的に向上させるのだ。AIエージェントは、より多くの選択肢と詳細な情報を持つプラットフォームを、消費者にとって有益な情報源として優先的に評価する。物理的な制約を超えてデジタル上で戦略的に品揃えを拡張することは、自社をAIにとって魅力的な「知識のハブ」へと変貌させる。では、この戦略を技術的にどう実現するのか。その鍵を握るのが、次に紹介する実践的な解決策である。

3. 理想と現実の架け橋:ユニバーサル・コマース・プロトコルという実践的解決策

多くの企業がAIの可能性に期待を寄せる一方で、「AIの理想」と「現場での実装の難しさ」というギャップに直面している。大規模なシステム改修は、急速に進化するAIのスピードに追いつけない。このセクションでは、アルタ ビューティがいかにしてこのギャップを乗り越え、現実的な一歩を踏み出そうとしているかを解説する。

セッションのハイライトの一つが、アルタ ビューティが「ユニバーサル・コマース・プロトコル(Universal Commerce Protocol/UCP)」の創設パートナーであることを発表した瞬間だった。UCPは、AI時代のコマースにおけるデータ連携の標準規格を目指すものであり、その戦略的価値は極めて高い。UCPの最大の利点は、大規模なウェブサイトの全面改修や長期にわたる開発を必要とせず、既存のデジタル資産を活かしながらAI時代に対応するための現実的なアプローチであることだ。重点項目は、AIエージェントが最も重視する「優れた品揃え、商品コンテンツ、クロールのしやすさ、接続性」に絞られている。

さらに、このプロトコルはアルタ ビューティが保有する4500万人以上の会員を持つ強力なロイヤルティプログラムとの統合能力を持つ。これは単なる技術連携ではない。標準化され、AIが理解しやすい商品データ(UCP経由)と、リッチな第一者顧客行動データ(ロイヤルティプログラム)の融合である。この組み合わせにより、アルタ ビューティはAIエージェントに「この商品は何か」だけでなく「誰のための商品か」を教え込むことが可能となり、公開データのみに依存する競合他社には到底真似できない、超パーソナライズされた推薦を実現する。これは、計り知れない競争優位性となるだろう。

UCPという具体的な手段を通じて、アルタ ビューティはAIへの対応を空論から実践へと移行させている。しかし、プロトコルはあくまで器に過ぎない。その器に何を注ぐのか、すなわちAIを動かす「燃料」となるコンテンツとデータ戦略の重要性へと話を進めよう。

4. コンテンツは新たな金:AIが評価するデータの最適化

エージェンティック・コマースの時代、AIは消費者の代理人として商品の優劣を判断する。その判断基準となるのが、商品そのものの魅力だけでなく、それを説明する「コンテンツとデータ」の質と量だ。データはもはや単なる販促ツールではなく、ビジネスの存続を左右する戦略的資産となる。

この新しい現実を理解するには、AIコマースの構造、すなわち「50%が発見、32%が即時チェックアウト」という予測を念頭に置く必要がある。フリードマンは、この構造の第一段階を攻略する鍵として「構造化された製品コンテンツはゴールド(金)だ」と表現した。成分、サイズ、色といった整理されたデータは、AIが商品を正確に理解し、比較検討するための「共通言語」だ。この「金」がなければ、そもそも50%の「発見」の対象にすらなれない。
しかし、発見されるだけでは不十分だ。32%の「即時チェックアウト」を勝ち取るには、競合との差別化が不可欠となる。ここで鍵を握るのが、レビューや口コミといった非構造化コンテンツやユーザー生成コンテンツ(UGC)だ。これらは、商品の信頼性や実際の使用感をAIに伝え、より人間らしい文脈に沿った推薦を後押しする社会的な証明となる。

一方で、小売業者はデータ戦略におけるジレンマ、すなわち「AIプラットフォームとデータを共有する必要性」と「顧客プライバシーと自社の競争優位性の保護」のバランスを取らねばならない。この点において、アルタ ビューティの方針は明確だ。

フリードマンは、「データ共有には必ず顧客の許可が必要であり、すべてはゲスト(顧客)体験の向上に繋がらなければならない」という原則を繰り返し強調した。質の高いコンテンツと、それを取り巻く慎重なデータ戦略こそが、AI時代におけるブランドの可視性と信頼性を左右する鍵なのである。では、これらの知見を踏まえ、リーダーたちは明日から何を始めるべきなのか。

5. 小売リーダーへの提言:明日から始めるべき戦略的ロードマップ

これまでの分析を踏まえ、自社でも変革の一歩を踏み出したいと考える小売業界のリーダーたちのために、具体的で実行可能なアクションプランを提示する。このロードマップは、混乱の中から秩序を見出し、着実に前進するための羅針盤となるはずだ。セッションの最後にバシェが示した「エージェンシーロードマップの3つの優先事項」は、その優れた出発点となる。

  • 責任の明確化:まず、組織の誰がエージェンティック戦略を推進するのか、明確な責任者を任命することから始める。この新しい領域は、マーケティング、IT、マーチャンダイジングなど複数の部門にまたがるため、部門横断でリーダーシップを発揮できる人物をアサインすることが不可欠だ。
  • データ基盤の整備:新しいAIプラットフォームに手を出す前に、足元を固めることが重要だ。自社の製品コンテンツとデータの品質を徹底的に見直し、改善する。構造化データは正確か、ユーザー生成コンテンツは十分に活用されているか。AIにとっての「燃料」がなければ、どんな高性能なエンジンも動かない。
  • 実験と基本の徹底:完璧な計画を待つ必要はない。グーグルなどの主要なプラットフォームで、小規模な実験を開始することが重要だ。同時に、価格設定の最適化や在庫管理といったビジネスの基本を疎かにしてはならない。AIは魔法の杖ではなく、強固な事業基盤の上でこそ真価を発揮する。

これに加え、フリードマンは組織的な取り組みの重要性を補足した。アルタ ビューティでは、「AI専門チームの設立と、全社的なAIリテラシーの向上の両輪で取り組む」方針を掲げている。専門家による深い探求と、全社員による幅広い理解が、組織全体のAI対応力を引き上げるのだ。このロードマップは、エージェンティック・コマースという未知の航海へ乗り出すための、信頼できる海図となるだろう。

エージェンティック時代を生き抜くために

NRF 2026が示した未来は明確だ。エージェンティック・コマースは、もはや避けては通れない道であり、すでに対応が求められている現実である。AIエージェントが消費者の購買行動の主導権を握る世界では、これまでの成功法則は通用しない。

今回取り上げたアルタ ビューティの事例は、この新しい時代を生き抜くための新たなベンチマークを業界に提示した。マーケットプレイスによる戦略的な品揃え拡張でAIにとっての情報の魅力を高め、UCPという実践的な技術対応で迅速な適応を可能にし、そして何よりも高品質なコンテンツとデータを「金」と見なす文化を醸成する。これらの戦略は、ビジネスモデルそのものを未来に適応させようとする強い意志の表れだ。

傍観者でいることは、もはや許されない。成功を収めるのは、完璧な答えを待つ者ではなく、戦略的な仮説のもとで実験を繰り返し、市場の変化に迅速に適応できる企業だけだ。アルタ ビューティは新世界への地図を提示した。残された問いはただ一つ。他のすべての小売リーダーたちへ、あなた方の地図はどこにあるのか?

Company Profile

株式会社ビーツ

ビーツは、スペースデザインと店舗デジタルソリューションを最適化するマーケティング企業。

クリエイティビティにデータやテクノロジーを組み合わせることで、リテールという最強の顧客接点で体験できるブランドエクスペリエンスを進化させ、生活者のリアルな感動・喜び・信頼を生み出す心地よい「共感」を創出している。

公式サイト
https://www.beeats.co.jp/

 

ワールド・モード・ホールディングス株式会社

ファッション・ビューティー業界を専門に、人材、デジタルマーケティング、店舗代行など多様なソリューションを提供するグループ。

iDA、BRUSH、AIAD、AIAD LAB、フォーアンビション、VISUAL MERCHANDISING STUDIO、双葉通信社の7社の国内事業会社を擁し、シンガポール、オーストラリア、台湾、ベトナム、マレーシアに海外拠点を展開。各社の専門性を掛け合わせたシナジーにより、顧客の課題に応じた実効性の高いソリューションを提供している。

公式サイト
https://worldmode.com/jp/

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