地球環境を守る為、よりサステイナブルな取り組みを強化する企業が年々増加する中で、環境に優しい生地素材として知られているのが植物由来の「ヴィーガンレザー」だ。ヴィーガンレザーは、天然皮革や合成皮革に比べて環境への負荷が少なく、動物愛護の観点からも望ましいレザーの代替素材とされている。
その中でも現在多くのブランドが採用し始めているのが、「きのこ」から作り出される「マッシュルームレザー」である。
マッシュルームレザーとは?
そもそもマッシュルームレザーとはどのようなものなのだろうか?
マッシュルームレザーは、きのこの菌によって構成される根のような糸状の組織「菌糸体」を原料に作られるヴィーガンレザーだ。菌糸体とは、キノコの糸状の根のネットワークであり、植物でいうところの根の部分にあたる組織。繊維状で、繊細でふわっとしたソフトな見た目であると同時に、摩擦などにも耐えうる高い耐久性がある。
また、プラスチックを使った合成皮革に比べて、柔らかで温かみのある手触りも魅力とされている。こうした見た目や質感のみならずクオリティ自体も天然の皮革に匹敵すると言われている。
「ヴィーガンレザー」というと、近年では植物由来のりんごやパイナップル、サボテンなどから作られる代替素材もあるが、「マッシュルームレザー」の強みはそれだけではない。そもそもキノコの糸状の根のネットワークである菌糸は、自然界の林床の下や樹皮の下に広がっているため、菌類が最も興味深く、潜在的に実行可能な代替手段であることも証明されている。これらの細い菌糸は革と同じくらい丈夫だ。その細胞壁には、エビの殻にも見られる硬質ポリマーであるキチンが含まれていて、それらが成長するにつれ枝分かれし、融合し、絡み合い、非常に強い素材の基礎を形成していく。
マッシュルームレザーの製造工程は、菌糸体の胞子をシートに植え付けるところから始まる。おがくずや有機物を与えて、温度・湿度を調整した室内で菌糸体を育成し、成長した菌糸体を圧縮してマット状にし、なめしや染色といった加工を経て、マッシュルームレザーとなっていく。菌糸体は約2週間で成長するので、高効率で素材を作ることが出来、製造にかかるエネルギーも少なく、環境にも優しいことも特徴だ。同時に、動物由来のレザーと異なり、形状も標準化されているため、加工しやすいことも挙げられる。
アメリカには現在、動物由来のレザー代替素材としてとして「マッシュルームレザー」を作り出している企業がいくつかあるが、その中でも注目を浴びるスタートアップが米国カリフォルニア州のバイオテクノロジー企業のマイコ・ワークス社(Myco Works)と、同じく同州にあるボルトスレッズ社(Bolt Threads)だ。
エルメスが採用したマイコ・ワークス社のマッシュルームレザー「レイシ(Reishi)」
バイオテクノロジー企業のマイコ・ワークス社は、菌糸体からレザーを作る特許技術「ファイン・マイセリウム(Fine Mycelium)」によって「レイシ(Reishi)」と名付けられた独自素材の開発で知られる。
同社は2021年に、パブリックブランドとして初めてエルメス(HERMÈS)との提携を実現し、ファッション業界内で話題を呼んだ。エルメスから発売されたのは、マイコ・ワークス社のファイン・マイセリウム技術を用いて作られた独自素材「シルバニア」を採用したバッグ「ヴィクトリア」だった。
また今年7月18日には、帽子デザイナーのニック・フーケ氏が同社の「レイシ(Reishi)」を使用した「Boletus バケット ハット」を発表。ハットは810ドルで販売され、あっという間に完売となった。フーケ氏は最初に「Reishi」で作られたマッシュルームレザー生地を受け取ると、興奮が止まらず、なんと24時間以内に帽子を作成したと、その喜びを語っている。
マイコ・ワークス社は今年1月に科学に特化した複数のベンチャーキャピタルから1億2500万ドル(約142億円)の資金調達に成功した。その資金を投じて、今年8月には同社初の製造工場をサウスカロライナ州に 150,000 平方フィートの工場を建設を開始。2023 年末までに完成予定だ。この工場が完成すると、これまで限定的であったレイシ(Reishi)」の生産が年間数100万平方フィート(約9万平方メートル)の規模で実現出来る。
こうした生産拡大の計画を受け、既に見込み客から何千件もの問い合わせがあり、同社では今後さらに多くのブランドとのコラボレーション予定しているという。
一般的に、ある材料に柔軟性を与えたり、加工をしやすくするために添加する物質である可塑剤は、耐久性と柔軟性を高めるためにテキスタイルに使用されることがよくあるが、マイコ・ワークス社の「レイシ(Reishi)」では全く別のアプローチが採用されている。
同社の最高経営責任者であるマシュー・スカリン氏は、菌糸が成長するにつれて、コットンなどの布を菌糸に埋め込んでいき、菌糸に異なる特性を与えることが出来ることを説明。「私たちの『レイシ(Reishi)』はドレープ、柔らかさ、感触などを調整することができます。なぜなら、生地を菌糸に埋め込んでいくことで、菌糸細胞をまったく新しい構造にしていくことが出来、それは森林で見つけられる様な天然の菌糸体や生地とは異なるからです。」と述べた。
ボルトスレッズ社の「マイロ(Mylo)」は日本の土屋鞄製造所との提携を発表
また、同様にマッシュルームレザーブームの火付け役として知られるのがボルトスレッズ社が製造したマッシュルームレザーの新素材「マイロ(Mylo)」である。
今年7月、サステイナブルファッションのパイオニアブランドであるのステラ・マッカートニー(Stella McCartney) は、同社の「マイロ(Mylo)」を使用し 「Frayme」と名付けられたショルダーバッグを発売した。発売当初の価格は$2,950で、現在は$3,500で販売されている。
ボルドスレッズ社が開発する素材「マイロ(Mylo)」は、他社製品に比べソフトでしなやかな素材が特徴で、ステラ・マッカートニー以外にも、アディダスやケリング、ルルレモンといったハイエンドブランドでの採用の実績を持つ。
また今年6月には日本の土屋鞄製造所と業務提携し、新素材モデルを発表した。
土屋鞄製造所は1965年の創業時から今日に至るまで、ランドセルや革製品の製作を行う日本の伝統的な「ものづくり」の代表例と言える存在だ。ボルトスレッズ社が提携している前述した大手4社に比べると企業としては小規模だが、土屋鞄製造所の日本で受け継がれてきた職人技とボルトスレッズ社の生み出すイノベーションの融合によって、日本市場でも「マッシュルームレザー」を使用した商品が今後需要を高めていくに違いない。
今後さらに高まっていく「マッシュルームレザー」の需要と見込まれる課題
米コンサルティング会社、グランドヴューリサーチ(Grand View Research)社によると、合成皮革素材の世界市場は2021年に4,195 億米ドルと評価され、2022年から2030年にかけて6.2%の年平均成長率で拡大し、約7,208 億米ドルに達すると予想されている。また、天然素材のみを含むバイオベースの皮革市場は、ポラリス社の市場調査によって、2021年に約6億 5000万ドルと推定される。
しかし、ニューヨークフォーダム大学のビジネス連合のエグゼクティブ ディレクター兼アクセンチュアのマネジングディレクターを務めるフランク・ザンブレリ氏は、このカテゴリーに対する市場や消費者の関心、技術の進歩、製品の品質が正確に反映して考えると、これらの推定データの数値は少なすぎるかもしれないと述べる。
また、マイコ・ワークス社のスカリン氏によると、自動車メーカーはシューズに次いで 2 番目に多くの皮革を使用しているため、自動車産業にも大きなチャンスがあるという。同氏は、昨年に自動車メーカーが新しい電気自動車を市場に投入し始めた為、自動車メーカーからの「マッシュルームレザー」についての問い合わせが急増したと付け加えた。
こうした需要の高まりを受け、多くの企業が新素材を大量生産に向けて動き出す一方で、新たな問題が起こる可能性もある。例えばマッシュルームレザーは、生分解性のバイオ素材だが、菌糸体に合成素材が組み込まれるケースが起こりうることから、使用済みの製品の最終的な処理については課題が残るとされている。
マッシュルームレザーが大規模開発されていくことで、私たちの環境フットプリントに今後どのような影響を与えるかについては、現時点ではまだ不確かなことが多いかもしれない。