5月15日(現地時間)、アメリカの新興メディア「ヴァイス メディア(VICE)」は連邦破産法11条(Chapter 11)の適用を申請し、経営破綻したことを発表した。同社が裁判所に提出した資料によると、負債総額は推定で最大10億ドル(日本円で最大1360億円)にのぼると伝えられた。
「ヴァイス メディア(VICE)」は、1994年にカナダで立ち上げられ、その後ニューヨークに拠点を変更。挑発的なビジュアルストーリーテリングやパンチの効いた露骨な表現などエッジの効いたデジタルメディアとして知られ、過激派組織IS(イスラミックステート)が台頭したイラクやシリアでの報道などで高い評価を得ていた。
しかし先月には、同社のグローバルニュースルームの従業員の解雇を発表し、国際的なジャーナリズムブランドである「Vice World News」も閉鎖。(但し、NPRによると、海外ではまだジャーナリストを雇っており、国際ニュースの報道をやめる予定はないとのこと)。同時に、2016年にデビューし、3月に1,000回を超えた週刊放送番組「Vice News Tonight」も打ち切った。
同社は、2019年に4億ドルで買収した女性向けライフスタイルサイト「Refinery29」をはじめ、英国のファッション誌「i-D」や社内クリエイティブエージェンシー「Virtue」などいくつものブランドを統括している。一方、事業を拡大させる中で、広告主の企業がフェイスブックやインスタグラム、Tiktokなどのソーシャルメディアに広告費を割くようになり、同社の広告収入が激減したことで経営が悪化したと伝えられた。同社は事業を継続し、今後2か月から3か月で資産売却といった再建の手続きを完了する予定だという。
相次ぐメディアの経営不振
広告収入の減少や長引く景気後退によって、厳しい経営環境に直面しているのは「ヴァイス メディア(VICE)」だけではない。米国では今年に入ってから「ヴォックスメディア(Vox Media)」、ESPN、「バズフィード(BuzzFeed)」、「ペーパーマガジン(Paper Magazine)」など、多くのメディアが経営不振によるサイトの閉鎖や従業員の解雇を発表している。
The Verge、SB Nation、New York magazineなどのブランドを所有する「ヴォックスメディア(Vox Media)」は、今年1月に経営不振の為、約7%の従業員を削減することを発表。同社の最高経営責任者であるジム バンクオフ(Jim Bankoff)は、景気後退に直面して会社を小さくする必要があると述べ、従業員に宛てたメールでは、同社はすでに支出を減らし、新規雇用を凍結していることを伝えた。
同社は2022年に、PopSugarやThrillistなどのライフスタイル系ウェブサイトを運営するGroup Nineと合併し、米国最大級のデジタルメディア企業となったばかり。しかしこの合併は、出版社がオンライン広告収入に対抗する為の事業拡大と再建を目指し実施されたもので、合併後の2022年3月には約3%、7月にはさらに39人の従業員が解雇されていた。
また今年4月20日には、米国の新興メディア「バズフィード(BuzzFeed)」が、経費を削減するため報道部門の「バズフィード ニュース(BuzzFeed News)」の閉鎖を発表。同メディアの創業者、CEOあるジョナ ペレッティ(Jonah H. Peretti)は、社員に宛てたメッセージの中でデジタル広告市場の縮小などを経費削減が必要な理由として挙げ「独立した組織としてバズフィード・ニュースに資金を供給し続けることはできないと判断した」と説明した。今後の同社の報道事業は、買収したメディア「ハフポスト(HuffPost)」で行われていく予定だ。
また、ディズニーは、55億ドルのコスト削減を目指し、全世界の従業員の約3%に当たる約7,000人を解雇する予定だそう。その中でもESPNでは3回に分けて、従業員の解雇と給与削減が行われると報じられた。
ペーパーマガジンは全従業員解雇へ
1984年に創刊されたニューヨーク発のファッションとポップカルチャーの専門誌「ペーパーマガジン(Paper Magazine)」も例外ではない。先月同社は、広告の減少を理由に、編集長のミッキー ボードマン(Mickey Boardman)を含む約20〜30名の全編集者へ解雇を伝えた。
「ペーパーマガジン(Paper Magazine)」は1984年に創刊。それ以来、ニューヨークを拠点とする独立系の主力雑誌として知られ、2014年にはキム カーダシアンを起用した「Break the Internet」でバイラルを生み出し、若い読者層を中心に人気を高めていた。
現在の発行人であるトム フロリオ(Tom Florio)は、当時のチーフ クリエイティブ オフィサーであるドリュー エリオット(Drew Elliot)と一緒に、2017年に創業者であるキム ハストレイター(Kim Hastreiter)とデヴィッド ハーシュコビッツ(David Hershkovits)から同誌を買収。その後、ENTtech Media Groupを設立し、エンターテインメント制作会社のXRM Mediaを戦略的パートナーとして起用した。また、ENTtechはクリエイティブ エージェンシーも併設した。フロリオは、BuzzFeed Newsで見られたような従業員解雇やメディアサイトの閉鎖を回避するべく、投資家への売却を含む選択肢を検討しながら、コスト削減を模索しているとのことだ。
デジタルメディアからソーシャルメディアへの移行
米国では、こうした大きなメディアが次々と破産宣告を余儀なくされていることに衝撃が走っている。
しかし、デジタルメディアが現れ始めると、紙面の雑誌や新聞の需要が徐々に減少していき、それに伴い印刷の紙面広告が減っていった。現在人々が情報を得ているのは、間違えなくソーシャルメディア上のプラットフォームだ。企業やブランドも人が集まるところに広告を打つというのは当たり前で、それが故、これまでデジタルメディアにかけていた広告費をソーシャルメディアやインフルエンサーキャンペーンに移行するというのは自然な流れである。
例えば、閉鎖に追い込まれた「バズフィード(BuzzFeed)」は、ソーシャルメディアの配信モデルに大きな賭けをしていたが、プラットフォームがデジタル広告費を吸い上げるということを十分に理解していなかったと言われている。
また、多くのメディア会社は、有料会員記事やメンバーシップコミュニティの運営、ソーシャルメディアでのコンテンツ発信など、複数の収益を確保する道筋を模索しているが、デジタルメディアが全盛期の頃と同様の運営規模を維持したまま、減少していく広告収入の穴埋めをしていくのはかなり困難だ。