5月18日(現地時間)、ウォール ストリート ジャーナル(WSJ)は、中国を代表するファストファッションブランド「シーイン(Shein)」が、660億ドル(約9兆1000億円)の評価額で20億ドル(約2760億円)の資金調達をしたことを報じた。同社の評価額は、前年4月の資金調達時には1000億ドル(約13兆8000億円)とされていたのに対し、今年度はそれよりも3分の2 に減少した額となった。資金調達ラウンドの主要な出資者は、セコイア キャピタル チャイナ(紅杉資本中国基金)、米ジェネラル アトランティックおよびアラブ首長国連邦(UAE)アブダビ首長国の政府系ファンド、ムバダラ インベストメントだ。それに加え、ニューヨークに拠点を置く投資会社タイガー グローバル マネジメントが新たな出資者となった。
昨年度シーインは、TikTokの親会社である中国のバイトダンス社とイーロン・マスク氏率いる宇宙開発企業であるスペースXに次ぎ、世界3位の未上場企業とされていた。しかし今回の低い評価額は、同社の人気の翳りを表しているものなのだろうか。
以前より、シーインには一定数の反対派が存在している。
そのひとつが、同社が行う服の大量生産、大量廃棄について、サステナビリティを推進する人々からの批判である。同社はこれまで、キーターゲットであるZ世代に、いかに安価にトレンドの服を売るか、を重視してきた。「ファストファッション」のネガティブの代名詞であるかのようなその価値観は、Z世代よりも上の世代から多くの非難を受けている。また、環境負荷の高い化学繊維を大量に使用し、強制労働下で生産されていると疑いが向けられている新疆綿(新疆ウイグル自治区で栽培されるコットン)を使用している可能性についても批判の声が集まっている。
それと同時に、同社が生産する服のデザイン多くに、ラグジュアリーブランドやデザイナーズブランドを完全に模倣したものが含まれると言われており、商標権や著作権、知的財産権を巡り、アーティストやブランド、デザイナーから複数の訴訟を起こされている。
これまでに「ステューシー(STUSSY)」や「ドクターマーチン(DR. MARTENS)」などのブランドから商標権侵害を巡った訴訟を起こされていたり、ロサンゼルスを拠点に活動するアーティストのジェニファー スターク(Jennifer Stark)やアーティストのマギー スティーブンソン(Maggie Stephenson)からも彼らの作品の著作権を侵害したとクレームが挙げられたりしている。ここ最近では、イタリアブランド「GCDS」のデザイナーであるジュリアーノ カルザ(Giuliano Calza)が、GCDSの靴のデザインをコピーされたと主張し、同社を批判した。
そんな炎上が絶えないシーインだが、同社につけられた今回の660億ドルという評価額は、アディダスやH&M、バーバリーの時価総額の合計を上回るものである。同社は、この数年でECとソーシャルメディア、インフルエンサーマーケティングを駆使し、Z世代の間でバズをつくり、VCから資金調達して短期間で急成長してきた。
かねてよりシーインが目標として掲げるライバルブランドがZARAと、H&Mである。現在、世界最大級とされるファストファッションブランドZARAだが、親会社「インディテックス(INDITEX)」の時価総額は、1000億ドルを超えている。また、H&Mに関しても2023年の第1四半期の売り上げが12%の増加を記録した。両社の売り上げ増加の理由は、世界に持つ広大な店舗網が関係している。2022年、インディテックスの店舗売上は、数百の店舗を閉鎖しても23%増加したと同社は報告している。一方、オンライン売上は4%増加だった。H&Mも、直近の四半期決算報告で同じ傾向を指摘した。2023年の最初の3カ月は、店舗数が前年より7パーセント減少したにもかかわらず、店舗での売上が増加している。
パンデミックが明けてから、多くの顧客が再び実店舗に足を運ぶようになり、両社はより店舗での良質な顧客体験と、消費者との関係性の構築に力を注いでいる。ZARAはこれまで以上に品質にこだわった商品を店頭に並べ、シーインよりも高いプライスポイントでもその人気を揺るがせていない。
また、H&Mは、店舗を利用してデザイナーとのコラボレーションを推進。今シーズンはミュグレーとのコラボレーションを打ち出し、サステナビリティの信頼性を高めている。
しかし、今後シーインが実店舗を持つとなると、現在のファストファッションのヒエラルキーは崩される可能性があるだろう。実際に、同社が各国の都市で開催している期間限定のポップアップショップでは、毎回数千人の顧客が殺到している。
ウォール ストリート ジャーナルは、シーインの売上はアメリカでは伸び悩んでいるものの、世界全体の売上は今年40%増加すると予測している。また今年1月、英フィナンシャル・タイムズ(FT)は、シーインが最大の市場である米国で、早ければ年内にも新規株式公開(IPO)する可能性があると報じた。そうしたことから、同社の低い評価額は新規株式公開への道を開く為なのかもしれない。