NRF 2026 レポート⒀:「一社では完結しない」小売AI NRFセッションが示したエコシステム戦略

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共同編集:株式会社ビーツ/ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ライター:西村 幹太

小売業界におけるAI導入は、もはや「やるかやらないか」の段階を過ぎた。焦点は、いかにして概念実証の枠を越え、本番環境での大規模運用へと移行するかにある。デル・テクノロジーズ(Dell Technologies)、エヌビディア(NVIDIA)、アクセンチュア(Accenture)、エバーシーン(Everseen)の4社が登壇した本セッション「AI for Retail – Powered by Partnerships」は、その問いに対し、”パートナーシップ”という明確な解を提示するものだった。

コンピュータビジョンから始まった小売AIの現在地

小売業界において、AIの大規模導入を牽引したのはコンピュータビジョンであった。現在、本番環境で稼働するAIは大きく2つの領域に集約される。ひとつは、Eコマース、従業員支援、サプライチェーン最適化に活用される「エージェンティックAI」。もうひとつは、物理世界を理解し、それに作用する「フィジカルAI」である。

エヌビディアのアジータ・マーティン(Azita Martin)バイスプレジデント兼リテール・CPG部門ゼネラルマネージャーによれば、小売売上の80%を占める店舗と物流拠点において、フィジカルAIはコンピュータビジョン、シミュレーション、ロボティクス、エージェントAIを組み合わせ、荷物の処理速度と注文対応の効率を引き上げているという。ペプシコ(PepsiCo)はこの技術を活用し、フルフィルメントセンターの処理効率を20%改善した。

1日1,500万件の決済を分析。ビジョンAIが変える店舗オペレーション

AIは、もはやIT部門だけの議題ではない。資産保全、店舗運営、そして経営層を巻き込む全社レベルの対話となっている。

エバーシーンのジョー・ホワイト(Joe White)CEOが提示した数字は、その規模を端的に物語る。同社の技術は1日あたり1,500万件の決済データを分析し、1時間に50万人の顧客を処理、15万レーンを横断して1日6ペタバイトのデータを扱う。従来、数千時間を要した映像レビューが、ビジュアル言語モデルによって”秒単位”で完了するようになった。

エバーシーンは自然言語モデルと生成AIを組み合わせた新製品も発表しており、個々の店舗ごとの詳細な分析が可能になった。従来は把握できなかった現場の実態を、データとして可視化する仕組みである。

エヌビディアが自社販売をしない理由。パートナーで成り立つAIエコシステム

本セッションの核心は、AIソリューションの構築と展開がもはや1社では完結しないという事実にある。

マーティンは、エヌビディアが自社で直接販売を行わず、すべてパートナー企業を通じて製品を提供していることを語った。顧客はクラウドプロバイダー、デル、OEMメーカーを通じてエヌビディアの技術にアクセスする。700万人以上の開発者がエヌビディアのプラットフォーム上で開発を行い、その多くがパートナー企業に属している。

注目すべきは、AIエージェント同士の”協業”が現実のものとなりつつある点だ。オープンAI(OpenAI)、パープレキシティ(Perplexity)、グーグル(Google)などが提供するショッピングエージェントと、小売企業側のAIエージェントが価格や販促条件を交渉し、売上を創出する。そうした構図が既に視野に入っている。

“特定企業への依存”を避ける柔軟な設計と、”AIファクトリー”の台頭

AIの技術基盤には、システム監視サービス、言語モデル、生成AI向けの検索最適化を手がける専門企業など、新たなプレイヤーが次々と加わっている。パートナーシップの設計において、特定の技術やサービス提供企業に過度に依存しない柔軟性の確保が、重要な原則として繰り返し強調された。

企業はフロンティアモデル(GPT、Geminiなど)とオープンソースモデルを併用している。アクセンチュアのブレット・リアリー(Brett Leary)グローバル・ジェネラティブAIリード(小売業界担当)が指摘したのは、オープンソースモデルを自社の独自データでファインチューニングした場合、そのモデルは企業の所有物となるという点だ。フロンティアモデルにはこの特性がない。インサイトのコストはトークン単価で測定され、AIファクトリーとクラウドの組み合わせが推論コストの最適化に寄与している。

“組織変革”を伴わないAIは、投資対効果を半減させる

技術導入と並行して組織の変革管理に投資した企業は、1年間で5〜6倍のROI(投資対効果)を達成する。一方、これを怠った企業のROIはその半分にとどまる。リアリーが示したこの数字は、AIが単なるツール導入ではなく、組織変革そのものであることを裏づけている。

さらに、経営層がAIプロジェクトを主導する企業は2.5倍のROIを実現しているというデータも提示された。AI導入は取締役会、CEO、経営幹部の主導で推進されるべきであり、従業員には「AIは仕事を奪うものではなく、能力を拡張するアシスタントである」という理解を浸透させる必要がある。デル・テクノロジーズは、トップダウンのリーダーシップと現場レベルの推進を組み合わせることで、社内のAI活用を営業生産性の領域で成功させた実績を持つ。

2025年を経て、生成AIは”本番”のフェーズへ

登壇者たちは、2025年を生成AIが本番環境で大規模に稼働し始めた年と振り返った。従業員支援のユースケースは既に本番運用に移行しており、先進的な企業は顧客向けのショッピングアシスタントの導入にも着手している。

概念実証の目的は、ROIの証明ではなく、大規模展開に向けた運用環境の理解にあるべきだ。これがセッション全体を貫くメッセージであった。価値の提供可能性は、パイロットに入る前に見極めるべきものであり、パイロットはあくまで実装の条件を検証する場なのだ。

労働力の縮小が進むなか、AIは雇用を排除するものではなく、単調な業務を自動化し、従業員をより付加価値の高い役割へと再配置するための手段として機能する。結果として、従業員の定着率向上にも寄与する。

小売業界のAIは、”単独の技術導入”から”エコシステムによる戦略的展開”へと明確にフェーズを移した。パートナーとの協業を通じてリスクを低減し、市場投入を加速させ、そして何より、組織全体の変革を伴走する。本セッションが提示したのは、テクノロジーの可能性ではなく、それを現実にするための”構造”であった。

Company Profile

株式会社ビーツ

ビーツは、スペースデザインと店舗デジタルソリューションを最適化するマーケティング企業。

クリエイティビティにデータやテクノロジーを組み合わせることで、リテールという最強の顧客接点で体験できるブランドエクスペリエンスを進化させ、生活者のリアルな感動・喜び・信頼を生み出す心地よい「共感」を創出している。

公式サイト
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ワールド・モード・ホールディングス株式会社

ファッション・ビューティー業界を専門に、人材、デジタルマーケティング、店舗代行など多様なソリューションを提供するグループ。

iDA、BRUSH、AIAD、AIAD LAB、フォーアンビション、VISUAL MERCHANDISING STUDIO、双葉通信社の7社の国内事業会社を擁し、シンガポール、オーストラリア、台湾、ベトナム、マレーシアに海外拠点を展開。各社の専門性を掛け合わせたシナジーにより、顧客の課題に応じた実効性の高いソリューションを提供している。

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