NRF 2026 レポート⒁:”購入ボタン”の先へ、エージェンティック・コマース時代に小売が備えるべきこと

NRF
共同編集:株式会社ビーツ/ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ライター:西村 幹太

AIが「買い物の相談相手」から「買い物をする主体」へと変わろうとしている。決済プラットフォームのアディエン(Adyen)、アパレル大手VFコーポレーション(VF Corporation)、そしてオープンAI(OpenAI)の3社が登壇したセッション「Beyond the ‘Buy’ Button: Thriving in the New Agentic Commerce Era」は、エージェンティック・コマースがもたらす機会とリスクを多角的に検証するものだった。エージェンティック・コマースとは、AIエージェントが買い物のアシスタントから、買い物をする主体そのものとして機能するコマースの仕組みである。

キーワード検索から”意図の検索”へ。消費者行動の転換点

消費者の購買行動は、すでに変化を始めている。キーワードやカテゴリーに依存した従来型の検索は、意図に基づく検索へと移行しつつある。ChatGPTに代表される生成AIとの対話を通じた商品発見は、個々の消費者に最適化された結果を返し、販売事業者にとっては購買検討の初期段階で接点を得る新たな手段となっている。

この変化に対し、小売企業の反応は二極化している。新たな販売経路の出現、高い購入転換率、購買意欲が高まった瞬間を捉えられるという”期待”がある一方で、顧客との直接的な関係の喪失、不正なボットと正当なエージェントの識別困難、既存の決済・顧客ロイヤルティ基盤との整合性といった”懸念”も根強い。

購入転換率は2〜3倍。ただし、完全自律はまだ先

完全に自律的なAIエージェントが消費者に代わって購買を完了する未来は、まだ到来していない。現在の焦点は、消費者の購買意図を捕捉し、関連する商品と販売事業者を提示し、質の高い流入を生み出すことにある。

注目すべきは、生成AIとの対話を経由した流入の購入転換率が、通常のウェブブラウザ検索と比較して2〜3倍高いという事実だ。この優位性を最大化するために不可欠なのが、整理・構造化された商品データの整備である。カテゴリー、価格、商品説明を含むデータは常に最新の状態に保たれなければならず、エージェントがリアルタイムで情報を取得する前提で設計する必要がある。

同時に、生成AIの対話画面内での直接的な購入完了体験の提供が、転換率確保の鍵を握る。ブランドのウェブサイトへ遷移させる従来の流れは、離脱のリスクを生む。購買意欲が最も高い瞬間を逃さない、一貫した購入導線の設計が求められている。

オープンAIが描く”販売事業者が主導する”構図

完全自律型エージェントの実現に向けては、個別最適化の維持、安全な取引の確保、ボット識別の精度向上といった課題が残る。こうした懸念に対し、オープンAIのイェレナ・レズニコヴァ(Yelena Reznikova)B2Bパートナーシップ担当が示した戦略は明快だった。

近い将来の商取引は、”販売事業者が主導するアプリ”を軸に展開される。これがオープンAIの基本方針である。ChatGPTのような生成AIがユーザーの意図を捕捉・分析し、検索内容を個々のユーザーに合わせて最適化したうえで、適切な販売事業者へと誘導する。一方、購入手続き、ブランド体験、顧客ロイヤルティ施策、認証といった領域は、販売事業者がChatGPT上に構築するアプリが担う。この設計は、不正検知やボット対策といったセキュリティ上の課題にも対応するものだ。

さらに、AIエージェントは個人に最適化された”買い物アシスタント”としても機能する。ブランドや価格帯、商品タイプに関するユーザーの嗜好を学習し、個別化された推奨を提示しながら、購買意欲を適切な販売事業者へと接続する。

グローバル展開と”会話型ショッピング”の台頭

では、こうした生成AIを介した購買体験は、どの領域から浸透しているのか。現時点で活用が最も進んでいるのは、消費者が購入前に比較検討を行う傾向の強い商品カテゴリーだ。家電、アパレル、旅行がその代表例である。ここで起きているのは、キーワード入力型からの本質的な転換である。消費者は「マイナス5度の環境に適したジャケット」といった複合的な問いを投げかけ、AIとの”会話”を通じて最適な商品にたどり着く。ブランドは、こうした複雑な購買意図に応答できる技術的基盤を早急に整備する必要がある。

この流れをグローバルに展開するうえでは、各国・地域で異なる決済規制やAI規制への適合が避けて通れない課題となる。各地域固有の決済手段への対応も、均質な購買体験を実現するための必須条件である。

小売企業がいま取るべき5つのアクション

セッションが提示した実践的指針は明確だ。第一に、生成AIの提供企業との連携を通じて、ブランドとの感情的な結びつきを含む顧客関係を維持すること。第二に、購買体験の起点が生成AIへ移行する可能性に備え、流入量の増大に対応する戦略を構築すること。第三に、取引の安全性と消費者データ保護を譲れない基準として堅持すること。第四に、構造化された商品データへの投資と、生成AIプラットフォーム上での摩擦のないアプリ体験の構築。そして第五に、最初から全商品を投入するのではなく、比較検討が多い商品カテゴリーに絞った戦略的な実験を行い、段階的に拡大することである。

“購入ボタン”の先に広がるのは、AIエージェントが消費者と小売の間に介在する新たな商取引の地形だ。そこでブランドが問われるのは、テクノロジーへの対応力だけではない。顧客との関係をどう守り、どう再設計するか。エージェンティック・コマース時代の本質的な競争軸は、まさにそこにある。

Company Profile

株式会社ビーツ

ビーツは、スペースデザインと店舗デジタルソリューションを最適化するマーケティング企業。

クリエイティビティにデータやテクノロジーを組み合わせることで、リテールという最強の顧客接点で体験できるブランドエクスペリエンスを進化させ、生活者のリアルな感動・喜び・信頼を生み出す心地よい「共感」を創出している。

公式サイト
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ワールド・モード・ホールディングス株式会社

ファッション・ビューティー業界を専門に、人材、デジタルマーケティング、店舗代行など多様なソリューションを提供するグループ。

iDA、BRUSH、AIAD、AIAD LAB、フォーアンビション、VISUAL MERCHANDISING STUDIO、双葉通信社の7社の国内事業会社を擁し、シンガポール、オーストラリア、台湾、ベトナム、マレーシアに海外拠点を展開。各社の専門性を掛け合わせたシナジーにより、顧客の課題に応じた実効性の高いソリューションを提供している。

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