共同編集:株式会社ビーツ/ワールド・モード・ホールディングス株式会社
Editor: Riri Kamata
2026年春夏シーズンのニューヨークを象徴する最新空間を通して、変化し続ける都市感覚と、新しいリテールカルチャーのあり方を読み解いていく本連載。
第1回では、「ゴハー・ワールド(Gohar World)」のポップアップを通して、ブランドの世界観を体験へと変換する空間づくりを取り上げた。第2回では、「マイモウン(Maimoun)」を通じて、感性とコミュニティが交差するリテールの現在地を考察し、第3回では、「アザーシップ(Othership)」を通して、ウェルネス空間が人々のつながりを育む場へと変化している姿を追った。さらに第4回では、「ファニー・バー(Funny Bar)」が体現する“Lived-In Spaces”に焦点を当て、時間とともに育つ空間のあり方を紹介した。
そして最終回となる今回は、マンハッタン・チャイナタウンの老舗レストラン「ウォー・ホップ(Wo Hop)」の路面店プロジェクトを取り上げる。
Wo Hop Upstairs
香港で育ち建築を学んだT・K・ジャスティン・ンは、様式よりも歴史を起点に空間を考えるデザイナーだ。過去と現在が重層的に共存する都市で育った経験は、建築がどのように記憶を内包し、そこに関わる人々の意図や物語を映し出すのかという関心へとつながっているのであろう。また、歴史とコンテクストに根ざした空間を、文化リサーチやデザイン戦略と結びつけり、文化的背景やコミュニティを重視するマルチディシプリナリー・スタジオであるスペースド・エージェンシー(Spaced Agency)を主宰している。
この姿勢は、ニューヨーク マンハッタンのチャイナタウンにある1930年代創業の老舗レストラン ウォー・ホップ(Wo Hop)1階 路面店の改装に鮮やかに表れている。これまで地下にあり街路への露出がほとんどなかったこの店が、初めて路面へ拡張されることは、自らをどのように都市へ提示するのかを問う転機でもあった。装飾的な「チャイナタウンらしさ」をなぞるのではなく、この店の創業当時の系譜〈中国的意匠ではなく、初期アメリカン・ダイナーに近い実用的な空間言語〉を参照することで、歴史を表層ではなく構造として扱った。そして、施工は、ニューヨークを拠点に高品質な建築を手がけるベルウッド・コンストラクション(Bellwood Construction)が担当し、日本人の創業者スズキ・ヨージ氏率いるチームが、細部まで配慮された施工を実現した。

「とても実務的な条件のプロジェクトであっても、私たちの設計プロセスには必ず歴史があります。ノスタルジーではなく、今に使える技法としての歴史です」とン氏は語る。
築100年近い歴史的建物であり、非常に小さな面積であるという物理的制約も大きな要素だった。また、この空間は時間とともに変化することも意図されている。地下の壁一面に貼られてきた紙幣の伝統に着想を得て、上階には来訪者が写真をピンで留めていくメッシュパネルを設け、そこに個々の痕跡が積み重なっていく。こうしてこのレストランは、過去だけでなく、そこを訪れる人々の経験によって生き続けるアーカイブとして機能している。

最後に
本特集を横断して眺めると、そこにはひとつの流れが見えてくる。真紅に包まれたポップアップ、抑制されたミニマリズム、儀式のように構成されたウェルネス空間、時間とともに育つバー、歴史を編み直すチャイナタウンのレストラン。けれど、そのどれもが共通していたのは、「どう見せるか」よりも「どう在るか」を問い続けていることだった。
いま、商業空間は単に物を売る場所ではない。ブランドの思想を体験し、コミュニティが交差し、物語が生まれる舞台へと変化している。強い色彩も、静かな素材使いも、動線設計も、すべてはその体験をどう編むかという選択の結果だ。そこには流行をなぞるのではなく、自分たちの立ち位置を明確にする意思がある。
今回のインタビューで印象的だったのは、どのデザイナーも「完成」をゴールにしていなかったことだ。空間は、使われることで更新され、時間とともに変化し、訪れる人々によって意味を重ねていく。設計とは、すべてを決め切ることではなく、変化を受け止める余白をつくることなのかもしれない。
また、そこには必ず対話があった。クライアントとの率直な会話、チームとの試行錯誤、都市との応答。強い個性を持ちながらも、閉じない姿勢。自分のスタイルを保ちつつ、他者の声を取り込む柔軟さ。そのバランスが、空間に奥行きを生んでいる。
ニューヨークという都市は、常に変化の只中にある。そのなかで生まれる空間は、単なるトレンドの記録ではなく、時代の気分を映す鏡でもある。本レポートで紹介した実践が、これからの商業空間やブランドのあり方を考えるヒントになれば嬉しい。空間は、思っている以上に私たちの感覚を動かしているのだから。
Spaced Agency
New York, New York, USA
Architecture & Spatial Design Studio
建築的思考とリサーチを基盤に、空間が持つ歴史・社会的文脈を読み解きながら設計を行うデザインスタジオ。コミュニティ施設、飲食空間、住宅、展示空間まで幅広く手がけ、場所の意味と使われ方を更新することを重視する。
主なプロジェクト:Wo Hop Upstairs(NY)、コミュニティセンター、ポップアッププロジェクト 他
Editor
Riri Kamata
東京生まれ。14歳で単身渡米し、ニューヨークを拠点に活動。Parsons School of Designにてプロダクトデザインを専攻し学士号を取得後、同校ファッションマーケティング学部を修了。ファッション領域では、スタイリストアシスタント、プリントデザイン、ビジュアルマーチャンダイジング、プロダクションなど多角的な経験を積む。現在はニューヨークを拠点にジュエリーレーベル「abroad」を主宰し、すべてのジュエリーを自身の手で制作している。私生活では、韓国のカルチャーやトレンド、生花(小原流)、哲学書──とりわけプラトンに親しむ。
公式サイト
https://www.abroad.nyc/
Company Profile
株式会社ビーツ
ビーツは、スペースデザインと店舗デジタルソリューションを最適化するマーケティング企業。
クリエイティビティにデータやテクノロジーを組み合わせることで、リテールという最強の顧客接点で体験できるブランドエクスペリエンスを進化させ、生活者のリアルな感動・喜び・信頼を生み出す心地よい「共感」を創出している。
公式サイト
https://www.beeats.co.jp/
ワールド・モード・ホールディングス株式会社
ファッション・ビューティー業界を専門に、人材、デジタルマーケティング、店舗代行など多様なソリューションを提供するグループ。
iDA、BRUSH、AIAD、AIAD LAB、フォーアンビション、VISUAL MERCHANDISING STUDIO、双葉通信社の7社の国内事業会社を擁し、シンガポール、オーストラリア、台湾、ベトナム、マレーシアに海外拠点を展開。各社の専門性を掛け合わせたシナジーにより、顧客の課題に応じた実効性の高いソリューションを提供している。
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